聞いたことのない伝説の巫女の話…
彼氏いない歴十七年の美依にとっては、恋愛など無用と考えていたからだ。でも、龍神湖の話の続きは聞きたかったから、次の日曜日に会う約束をしてもらった。十七歳の美依は胸をときめかしていた。それはまだ聞いたことのない伝説の巫女の話だから。
「福泉雪(ふくいずみゆき)」というその名前に聞き覚えがあった。美依の母の旧姓は福泉である。儀人は丁寧に龍神様と巫女「雪」の話を語り始めた。
神奈川県明神ケ岳のふもとの小さな村の話である。富士山の湧水が流れ込む小さな湖があった。その場所を眼下に望む小さな丘の上に祠(ほこら)が祀られており、万葉の頃から代々祠を管理する神職の一族がいた。神職は、「福泉」と名乗っていた。一人娘の「雪」が七歳になった頃、日課の勤めの帰りに、道端に傷を負った白狐(しろぎつね)の子がいた。
カラスにでも襲われたのか、その目は赤く恐怖に怯えていた。前足は傷から滲み出る血で染まっている。雪が手を差し伸べると、一歩、二歩退いたが雪に抱かれた。雪は急いで湧水で傷を洗ってあげた。自分の着ている着物の裾を破り傷口に巻いた。泉の効力か、いつの間にか傷は癒えていた。白狐は、雪の胸の中でひと時の眠りについていた。
雪と白狐は深い絆で結ばれた。十年の年月が流れた。
※本記事は、2020年12月刊行の書籍『眷属の姫』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
人物紹介
・天狐 陽姫(ようひめ) 狐眷属界最高位天狐族の姫。
・天狐 月姫(つきひめ) 狐眷属界最高位天狐族・陽姫の双子の妹。一時(いっとき)、策略で魔界の妖狐一族にいた。その時に得た力と天性の天狐族の力を合わせ持つ。別名・夜神様。
・陽炎の姫(かげろうのひめ) 狐眷属界陽炎族に所属する。伏見稲荷の主様直属の特殊部隊に所属する。守りのエキスパート。心部に入り込んだ穢れを自ら心部に入り浄化することができる。元は人だった。
・魔境乃の姫(まきょうのひめ) 現世と魔界との魔境門を管理する門番。立場は中立であるが、その姫の力量により左右される。全国には、十数名の魔境乃姫がいる。
・樹海の姫(じゅかいのひめ) 霊峰富士の裾野に広がる樹海にある魔境門の門番。魔境乃姫の中でも特異の力を持っている。月姫とは深い関わりがある。
・龍神稲荷神社(りゅうじんいなりじんじゃ) 平安時代創建の神社。巫女・雪が贄となった、龍神湖の湖畔の高台にあり、遥か霊峰富士を望む場所に鎮座している。
・巫女・依姫(よりひめ)伝説の巫女・雪の生まれ変わりと言われる現代の最強の巫女。
・巫女・依生(いな) 依姫の娘。未来を予知することができる。
・巫女・天月(あづき)依生の娘。祖母が依姫。最強の力と人柄からか、眷属の垣根を超え、さまざまな眷属から厚い信頼がある。天月にひとたび危機が訪れると、この世界のすべての眷属が集結するとされる。
・葉月(はづき)天月の娘。父親は反転世界の住人。力は未知数。