東芝3億円強奪事件のその後
板橋も金田も不審がられないようにするために、事件を起こした後でも平然と出勤し、何もなかったかのように働いた。2年以上、働いた。そして退職した。金田には強奪したカネから1500万円を渡した。金田にはそのまましばらく会社に残るようにしてもらった。その後、金田とは1回も連絡を取り合ったことはない。
退職した板橋は、何事をするにも慎重にした。大金は預金しなかった。大金を手にしても、努めて質素な生活をしていた。どんな仕事に就こうかと考えたが、不動産業とした。不動産業に決めた理由は、それほど多くの人と接しないだろうと考えたからであった。
自分の過去を思い浮かべていた板橋は思う。「俺は、これから先、どう生きて行けばいいだろう?」
そんなことを考えていると、急に甲高い話し声が耳に入ってきた。近くの広場に停まったマイクロバスから降りた人たちの声である。年齢は20歳代から50歳代くらい。ほとんど女性である。マドロスパイプをくわえた小太りの男が、バスから降りた人たちを引き連れている。彼らは、建物の中に入って来た。マドロスパイプの男は、太い声で説明し始めた。
「この辺りには、いっぱい家が建つ予定だよ。ここよりちょっと下ったところには、お寺が建つし、お墓も設けられる。住宅ローンを払い込んで、それから後は、おおいに遊べばよろしい。遊び疲れて、もうこの世に対しての未練が消え失せたら、そこのお寺に世話になればいい……」
パイプの男の話に、皆がドッと笑った。
女性の集いの中に紛れ込んで一緒に話を聞いた板橋も笑った。すると、パイプの男が板橋の存在に気がついたのか、声をかけた。