東芝3億円強奪事件のその後
それから数日後のことである。板橋は不動産業から手を引く決意をした。そこで彼は、竹田に電話をかけた。
大きなドラ声が板橋の耳の鼓膜を刺した。刺さったが耳は痛くなかった。竹田が親切に、寺を紹介してくれたからである。
候補先は岐阜県と愛知県にあったが、板橋は後者にした。何となく愛知県のほうが未来が開かれるような気がしたからだ。
その寺は岡崎市にあった。岡崎市の人口は少ないが、歴史に残る寺「慈雲寺」である。寺の住職の名前は新井誠一という。板橋は慈雲寺の門を叩いた。が、住職は不在だった。
代わりに奥さんが応対した。奥さんは頬骨がやや突き出た菱形の顔をしていた。愛想がいい奥さんだった。
「初めまして、私は板橋玄宗と申します」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。板橋さんのことは主人からよく聞いております。主人は、畑のほうに居ますから、案内しますわ」
奥さんの後について行くと、僧侶がいた。桃の木の青い実に袋を被せる作業をしていた。かなり広い竹林を通り抜けたところの畑であった。畑も広い。
住職は奥さんよりかなり年上だった。体格もいい。板橋は緊張して、自己紹介した。
「君かね。竹田健三さんから話を聞いていたよ。今時、珍しい人がいるものだな、と興味を持ったよ」