先輩として頑張ってみるものの…

神谷君はそう言うと帰って行った。

「山川くん、今どこにいるの。病棟に来て」

神谷君との回診を終えてしばらくすると、荒木先生から電話がかかってきた。

「はい、分かりました」

何があったのだろう。

「〇〇さんの創を診ておかしいと思わなかったの」

先ほど回診で創を診た患者さんのことだった。

「少し赤かったのですが、膿も出ていなかったので術後の経過で問題ないかと思いました」

「あれは、創感染だよ」

「え、そうなんですか。すみません」

「分からないんだったら聞かないと。適当な判断をして悪くなったらどうするの」

「すみません」

僕は間違った診断をしてしまった。曖昧なことがあったら上の先生に確認を取らないといけない。若手医師はみんな研修医の時にそう教えられている。自分のミスが患者さんの命に関わるのだ。経験が浅いうちはとにかく上司に確認することが重要である。分かってはいたが、できなかった。

そもそも曖昧なことが何なのかも判断できない。何をするにしてもひとまず誰かに確認して共有しておく必要があるのかもしれない。とはいえ、僕は初期研修医ではない。

「〇〇さんが便秘気味なのですが、緩下剤を使ってみるのはいかがでしょうか」

「それくらい自分で判断できるでしょう」

「すみません、やっておきます」

外科医としてはまだまだひよっこだとしても医者としてできることはある。できることは自分でやらないと、何でもかんでも聞くなと言われる。

「この患者さん、もう食事を全量摂取できているので明日からは点滴を切っておきました」

「あなたは主治医なの。勝手にやらないで」

「すみません」

確かに僕は主治医ではない。主治医の意見を聞かずに勝手にやるのはよくない。

「やっておきましょうか」「私がやるからやらなくていい」

「自分で判断して処置をしました」「適当なことをして悪くなったらどうするの」

「これをしてみるのはどうでしょう」「それくらい聞かなくてもできるでしょう」

「点滴を切っておきました」「あなたは主治医じゃないでしょう」

荒木先生に言われたことを振り返る。

結局、僕はどうすればいいのだろう。僕の頭は完全に混乱してしまった。