目を三角に吊り上げた荒木先生が早足で近づいてきて…

誰かな、と思って見ると、ドアが開いた先に荒木先生が立っていた。目を三角に吊り上げた荒木先生は僕を見るなり早足で近づいてきた。これは怒られる、と思った。

「山川君、こんなところで手術を見学している場合じゃないでしょう。患者さんがお腹の痛みを訴えているのに放っておくの」

荒木先生は手術室に響き渡るくらいの声で怒鳴った。朝の回診で、ある術後患者さんが腹痛を訴えていた。僕は何か合併症が起こっていると思ったが、荒木先生が回診するまで待つことにした。荒木先生が回診を終えたのはおそらく30分以上も前で、何も言われなかったので、さほど気にすることではなかったのだろうと思っていた。

「いえ、すみません」
「すみませんじゃないでしょう。どうして報告しなかったの」

気づいても何もせず上の先生の判断を待つ。それが得策だと思うからです、とは言えるわけもない。

そもそもそれが得策のはずがない。僕はそんな当たり前のことも分からなくなっていたのか。今になって気づく。

「CTとかオーダーしたほうがよろしいでしょうか」
「もう全部やったよ」
「すみません」

もう取り返すチャンスはなかった。

「いつ聞いてくるのかと思ってちょっと待っていたのに、こんなところで呑気に手術を見ているなんて、一体どういうつもりなの。あなたの患者さんじゃないの?」
「すみません」
「気づいたらすぐに言うようにこの前言ったところだよね? そんなこと常識でしょう? 山川君、この4ヶ月で何を学んだの? 同じことを何回も言わせないで」