荒木先生はそう言うと手術室を出て行った。僕も慌てて荒木先生の後に続いた。神谷君が心配そうにこちらを見ている。
(やってしまった。僕は信用を失うようなことをしてしまった)
カルテを開くと、血液検査とCTの検査がオーダーされており、食事は昼から中止になっていた。『腹部:圧痛、反跳痛(はんちょうつう)あり 熱発あり 縫合不全の疑い CTで精査 一旦絶食 検査結果を見て緊急手術も検討 荒木』
縫合不全。大腸癌など腸を切除して繋ぎ直す手術をした後に、繋ぎ目が裂けて便や腸液が腹腔内に漏れる合併症だ。緊急手術が必要になることもある重篤な合併症である。
患者さんがそんな危機に瀕している時に僕は見て見ぬ振りをした。自分を守ろうとしたのだ。その日を境に僕は今までのように研修ができなくなってしまった。
「おはようございます」
「……」
荒木先生は僕とすれ違っても挨拶はおろか目を合わせることすらしなくなった。
「最近暗いけど大丈夫?」
「大丈夫か、無理するなよ」
先輩方は僕を見ると心配そうに声をかけてきた。声をかけてこない先輩も僕を見ると少し気まずそうに目を逸らした。
あの一件で僕に対する周りの目は明らかに変わった。僕は浮いた存在になり、孤立していった。