唯一うまくいったのは、創感染に気づいてカルテには書き込んだけど、気を遣っているうちに報告するのを忘れてしまった時だった。あの時は、一緒に回診につかせてもらって手取り足取り教えていただいた。

気づいたとしても言わなければいいのか。どうせ僕の回診の後に上の先生も回診する。余計なことをしないためには、気づいたとしても言わずに上の先生が気づいてから指示を仰げばいいのだ。

僕はそう結論づけた。どう振る舞えばいいか分からないから気づいても何もせず上の先生の判断を待つ。それが、先輩を立て、かつ診療を円滑に進める上で必要なことだと思った。

「この下に見えている血管が下大動脈で、今回はD3郭清(かくせい)だから、次に出てくる下腸間膜動脈(かちょうかんまくどうみゃく)を根部でクリップをかけて切るのだと思うよ」

「なるほど。下腸間膜動脈を根本で切れば、253リンパ節が取れるからD3郭清になるわけですね」

この日の午前中は担当の手術がなかったため、手術の見学をしていた。横で一緒に見学している神谷君を放っておくわけにもいかず、時折解説をしながら手術を見ていた。教科書を開いては、自分の知識を確かめるように神谷君に話しかけた。

そうしていつも通り調子よく手術を見ていると、手術室のドアが開いた。