葭葉(よしば)出版・島崎の元を再び訪れた芹⽣(せりう)研⼆。「あなたの作品は出版が難しい」と言う島崎に、芹⽣はある質問をぶつける。それは、過去に最終選考まで残ったという自身の作品についての質問だった。「あの作品がどうして残れたか、教えていただけませんか?」……。

島崎の話は俺に現実を突きつけた。

「翻(ひるがえ)って『閉鎖花』ですが、『青い性』という描き尽くされたテーマに官能という息吹を吹き込んだ、と評価されました。それは最終選考委員のほぼ一致した評価です。ということは、既存にない話題性のあるテーマを受け入れやすいストーリーで描いた小説が難解な芸術作品に勝ったということです」

島崎の言葉を聞いて、理津子の指摘を思い出す。やはり芸術性にこだわり続けることには限界があるのだろうか。

「正直に言って複雑な心境です。受け入れやすさが評価の決めてとなったとしたら残念なことです」
「お気持ちは察しますが、それが現実です。もし中尾先生が最終選考委員だったら受賞したかもしれないと言いましたが、逆に実際にそうだったとしたら『砂礫の河』は最終選考に残らなかったでしょう。なぜかといえば、中間選考という比較的多読を要求される過程で、中尾先生のようにあの作品を精読して理解してくれる作家に遭遇する可能性は高くないからです」

島崎の話は俺に現実を突きつけた。そのうえで、時として胸に抱く疑問をぶつけてみようと思った。彼なら受け止めてくれるだろう。

「島崎さん、失礼を承知でお尋ねしてもいいですか?」
「どうぞ」
「選定に際し、出版社の意向が反映されるということはないのでしょうか? というのは、上梓後に売り上げが見込まれる、つまり一般読者に受けの良い作品が選ばれるというようなことは」