岬を越えて最初に目にした驚きは
爪木崎は蛇行した黒潮が真っ先にぶつかる岬として知られている。
また強い南西風が、時にはナライ(北東風)が吹くと風が岬を越える時、波を持ち上げて船には厄介な三角波が立つ海の難所と言われている。
しかしその日の爪木崎は未だ風波が立っておらずループ状のうねりがあるだけで、我々は豪快なクルージングに酔いしれた。
右舷間近かに爪木崎灯台を見ながら面舵一杯に切ると遠心力で艇が大きく傾き、左舷の海が消えて右舷喫水すれすれに海面が盛り上がり、爪木崎灯台が傾きながら船尾に消えて行く。
今、まさに爪木を交わして南伊豆の海域に入ろうとしているのだ。
岬を越えて最初に目にした驚きはその先に広がる海の色であった。
東伊豆の川奈崎辺りから夏の太陽に輝く今まで見た事もない青い海に心躍った我々であったが爪木崎を越えると同時に波の方向が大きく変わり始め、方向が定まった波間の下には、プランクトンが少ないためか太陽の光を暗黒の海底に通し、今まで見た事もない黒く底知れぬ海が広がっていたのである。
その異様に黒く見える海の流れを人は黒潮と呼ぶようになったのであろう。
海流は半島の岬を巻いて吹く風、天城の山から吹き下ろす風によって生ずる潮の流れとは明らかに違った。海そのものが動いているのだ。
うねりを伴いながら巨大なエネルギーを秘めて只ひたすら北東方向に動き続ける海流との出会いの瞬間であった。