「そうしたら女性の絵が二点、売れてしまった?」
「ええそうなんです。でもその後がいけません。それから半年間、一点も買い手がつきませんでした。実は私、このギャラリーのオーナーではありませんで、はい、今回のように私の判断で飛び込みの画家の絵を購入して、半年間も売れないとなると困るのですよ。
そこで、同じ画廊協会に加盟しているお店の中から、ポルトで最も羽振りの良いロドア画廊さんを選びましてね、面白い絵を手に入れたのでと話を持ちかけました。二週間前のことです。社長さんにお見せして、仲間相場で引き取っていただいたという次第なのです」
「ありがとうございました、それで大体分かりました。宗像さん、これでふりだしに戻りましたね。ニューヨークのロイヤル・マディソン・ギャラリーさんにはロンドンに帰ってからお尋ねするとしても、これからどうしましょうか?」
エリザベスから軽い溜め息が漏れた。コインブラまで来て、はっきりとした手がかりが得られなかったことに落胆したようだった。
しかしその時、宗像はポルトのロドア画廊での、どたばた騒ぎで重要なことをすっかり忘れていたことに気がついた。ロンドンのギャラリー・エステで、コジモから渡された例の黄封筒である。
慌ててカバンから一枚の写真を取り出し、エリザベスに差し出したのだった。
※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商