「六点の絵?」
「はい、六点でした。早速拝見させていただきましたところ、なかなかの傑作でしてね。かなりの腕前の画家が描いたと評価させていただきました。青色の背景をバックに女性を描いた三点の絵には、十九世紀におけるファム・ファタルの雰囲気を色濃く感じましたし……」
「三点の肖像画ですか?」
「ええそうです。ラファエル前派を髣髴とさせる、深い神秘性を湛えた三点の肖像画でした。そのうちの二枚が見込み通り直ぐ売れたのです。ハッハッハ、ここまでは順調だったのですよ。サインこそありませんでしたが、こちらの方には1997と書き込まれていました」
「三点の肖像画のうち、二点がすぐ売れた? どのような方がお買い求めに?」
「アメリカ人でした。他にも数点買われましたが全部人物画です。そういう絵を探しているとおっしゃっていました。全て木製フレームを外してキャンバスだけにして、芯を入れて丸めて航空便でお送りいたしました。送り先は画廊さんですよ」
「アメリカのどこかおわかりになりますか?」
「ニューヨークです。ポルトガルは絵も安いですから、彼らはこうして時々買いあさりにくるのです。このときも、サインのないのが議論になりましてね、この風景画もお見せして、A・ハウエルさんと確認していただきました。ええ、名前を書き留めていました。A・ハウエルさんの名を表示するのでしょうね。でも、サインを入れない画家も結構おりますし」
A・ハウエルの絵が二点、半年前にニューヨークに渡ってしまった……。
宗像とエリザベスは顔を見合わせた。念のため、買い取ったニューヨークの画廊の名前と連絡先をメモしてもらうと、送付先にはロイヤル・マディソン・ギャラリーと記載されていた。
パスティーリョさんはファイルを棚にしまいながら、さらに話を続けた。
※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商