弐─嘉靖十三年、張(チャン)皇后廃され、翌十四年、曹洛瑩(ツァオルオイン)後宮に入るの事
(5)
「者ども、こいつをしょっ引け!」
「ま、待ってください。誤解だ!」
叫べば、また殴り仆(たお)され、偃(ふ)したところを、かわるがわる足蹴にされた。
殺される。
首領格の宦官が合図をして、ようやく蹴踏(しゅうとう)はおさまった。と、どういうわけか、彼は、先ほどかけた閂(かんぬき)をはずし、部屋の外へと出て行ってしまった。
残った三人のうち、眉が太くて下顎のがっしりした男が言った。
「オイ、放してやれ」
私は、両腕をうしろ手にしばられて、床にころがされた。頭が、ずきずきする。
男は、腰をかがめて、私の顔をのぞき込んで来た。
「オマエ、小金をため込んでおろうが」
「………」
真意がわからない。
「隠すなよ、顔を見りゃあ、わかるんだ。なあ、王暢(ワンチャン)、取り引きさせてやる」
「………と、取り引き?」
ぎくり、としたのを顔に出したのは、痛恨のきわみだった。相手のかけて来たカマに、まんまと乗ってしまったわけである。彼らは、追いつめたネズミが、多少の銀をもっていることを確信したかのように、ニヤニヤ笑った。
「いま、オレたちの上役(うわやく)が、身柄を引きわたすよう、オマエの主人に話をつけに行っているところだ。このすきに、交渉の余地をあたえてやるのだから、ありがたく思え。オマエの運命を、オマエ自身がきめるってえ寸法だ。獄にぶち込まれて、もっと痛い目に遭うか、それとも、自由の身をとりもどすか。どっちがいい?」
来たか……。
「しょっぴかれたら、オマエは、オレたちの力のとどかないところへ行っちまう。東廠(とうしょう)の取り調べ官には、どんな言い訳も、懇願も通じない、蛇みたいなのが多い。やつらの手にかかったら、ほんとうに死ぬことになるぞ。いいのか? それで。一度しかない人生じゃねえか」
べつの男が、私の髪をつかんで、引っぱりあげた。
「なかなか賢そうな面がまえしてるじゃねえか。その賢い頭で、よーく考えろよ。うまい食いもんも、美しい女どもも、生きてこそ、楽しめるんだからな」
あくまで金を出せとは言わない。出すように仕向けるだけで、最終的な決断はネズミに、というこんたんである。金銭を巻きあげたのではなく、あくまで合意によるもの――そういうことにしておけば、ことが発覚しても、罪に問われることはない。
責任遯(のが)れの逃げ道を用意しておいて、悪事をはたらく。いかにも、狡猾な小役人のやりそうなことだ。
「ぶち込まれたら、生きて再び、陽の光をおがむことはできねえぞ。外の世界に出られるのは、骨になって、土くれといっしょに棄てられるときだ」
「………」
「なあ王暢(ワンチャン)、いまここで、ため込んだ銀を出しちまえよ。それで命が買えるんだ。命の値段だと思えば、安いもんじゃねえか」
私は、四つん這いでうなだれたまま、返事をしなかった。
「この野郎!」