町を南北に分断しているドウロ川の南岸には、今や観光用の役目しか果たさなくなってしまった、ポート・ワインの運搬船ラベーラが何艘も停泊している。岸辺に沿った、なだらかな丘陵地に、多くのワイン・セラーが建てられている。

ゆったり曲がりくねる坂道を歩き、小高い丘に上ると玄関前のポーチに出た。二人がいま上ってきたつづら坂を振り返ると、抜けるような青い空が周囲の豊かな緑をV字型に切り込んで、下にドウロ川、そしてその遥か遠くに鉄骨造のドン・ルイス一世橋がその雄姿を見せていた。

川にラベーラを浮かべ、葡萄を運搬し、出来上がったポート・ワインを各地に送り出すために、多くのワイン・セラーがこの川岸にできたのだった。

ポート・ワインは甘口のお酒ということもあり、宗像は今まで殆ど飲んだことがなかったが、エリザベスはポート・ワインについては詳しいようで、多少得意げに説明を始めた。

「ポート・ワインに使われる葡萄は、糖分が高ければ高いほど、良い値段で買い取られる仕組みになっていますから、農民たちは糖分の高い葡萄への改良に凌ぎをけずっているのです。葡萄の生産とは、アルカリの痩せ地を耕し、厳寒の冬を越し、猛暑の夏とも対決し、糖分を高める作業との戦いなの」

「凄く詳しいですね?」

「子供のときから良く覚えています。夕食時には必ずテーブルの端に置かれていたわ。糖分が高い分、アルコールの度数もワインよりも高いのよ」

巨大な酒蔵である貯蔵所の薄暗い空間は常に一定温度に保たれ、ホワイト・オーク製の樽が整然と並べられている。横置きにされ、こげ茶色に変色している樽の丸い蓋には全て四桁の数字が白く刻印され、ビンテージものとしての出番を静かに待っているのである。

その中でも四十年、五十年ものが置かれているさらに暗い一区画は、このセラーの歴史を再確認できるような古めかしいたたずまいの場所だった。宗像とエリザベスは暗くて涼しい貯蔵所の中で、手を取り合いながら案内人の後をついて移動した。

「百年前のものもありますが、おいしく飲めるビンテージの限界は七十年までです。これを越しますと、どんどん酢のように変化して、まずくなってしまうのです」

案内した若者は二人にこう説明した。手をつないで歩いていたエリザベスが、突然宗像を強く引っ張ったことがあった。何か特別のことが書かれた樽を見つけたようだった。

「宗像さんこれを見て! 一九六五年製よ。私と同じ年のワインだわ」

「エリザベスさん。女性はご自分の年をおっしゃらないものなのでは? 実を言いますと、私もさっきから、五十五年製のワイン樽を探していたのですが、見つからなくて。でも……私とちょうど十年違いですね。もっと、お若いのではと思っておりました」

「御免なさいね……三十六ですわ」

エリザベスはそう言って声を上げて笑ったのだが、蔵の中のこと、思いのほか反響が強く戻ってきたので、顔を見合わせてもう一度大笑いをしてしまった。宗像とエリザベスはまだ昨日出会ったばかりというのに、親密な気持ちが増していくのを感じていた。