実際のところ、両者が出会ってから五日以上が経っているが、探検隊にもユヒトらにも病人は出ていなかった。笹見平はみな元気だし、今井村もそうだという。林としては、マスクを外してしまいたかった。

だが、もしもの場合もあるし、もう一つ、笹見平側で都合のよい理由があった。マスクをしている限り笹見平と今井村の間に一定の隔たりがあるように見せる――すなわち、早坂と沼田への配慮である。

二人は縄文人がやってくることをあからさまに嫌がった。

「歴史が変わる」
「縄文人はばかだから自分から絶滅しに来ている」

早坂は特にユヒトを毛嫌いした。なぜなら、ユヒトが泉を大変お気に入りのようで、彼女から日本語を学ぼうと、進んでお近づきになっていた。泉もユヒトの理解の速さと独特の茶目っ気に癒される気がして、喜んで日本語を教えていた。

「俺は認めんぞ!」毎夜、早坂の怒りがぶちまけられた。
「縄文人に現代日本語を教えること自体が歴史の改変だ! そうだろ沼田!」

「そうだね」沼田は淡々と答えた。「手遅れになる前になんらかの行動に移るべきだ。歴史云々どころか、このままじゃ彼らに何もかも奪われてしまうかもしれないよ」

沼田は畑や道具のことを言ったつもりだったが、早坂の脳裏に浮かんだのは泉だった。

笹見平で早坂の意見に同調する者は、少数の大学生と中学生を中心に、ちょうど半分を占めていた。融和派と歴史不変派――二つの派閥は意見の違いにいつまでも落としどころを見付けられずにいた。

そのうち、相違が反目となり、反感となり、口も利かなくなった。議論が成立しないだけでなく、生きるために必要な作業にも支障をきたすほどだった。

――最悪だ。

林は悩んだ。リーダーとしてまとめ役になろうとしても、自分が最もユヒトと仲が良い。融和派の頭目のような位置にある。仲間割れは最も恐れていたことだった。

笹見平は険悪な空気のまま、冬の訪れを控えていた。