「Y女子学園は毎年数人しかT大に合格してないんだったよな。ほとんど文系か」
「理系もいるよ」
「聞いてるかもしれんが、悠太君の勉強を見ることになった。当面は週1ペースだ。おまえも英語や数学なら見てやるぞ」
美咲は「いい」とにべもなく断る。
「悠ちゃんは予備校に行っていないの?」
美咲は不思議そうに顔を上げた。美咲にとっては予備校へ行くのが当たり前なのだろう。
「週1回、町田の予備校に通っているそうだ。普段は自宅で勉強している。誰でも予備校に行けると思ったら大間違いだぞ。おまえの周りには恵まれた環境の人間しかいないかもしれんが、予備校に行きたくても行けない子だっているんだ。忘れるな」
「そんなこと、わかってるよ」
美咲は吐き捨てるように言うと、トーストにかじりついた。
「悠ちゃんち、予備校に行けないくらい困ってるの?」
「そりゃ楽じゃないさ。父親が亡くなったから私立中学を諦めて地元の公立中学に行ったんだから」
「毎日、一人でどうやって勉強しているの?」
「おまえと違って教科書と限られた参考書と問題集だけ。俺の高校時代とよく似ている。地頭は良さそうだし、何より素直で人の意見をよく聞く。あれは伸びる」
「ふん、頭も性格も悪い娘を持つと大変だね」
美咲は憎まれ口を叩くと、食べ終えた皿を音を立てて流し台に置き、勢いよく部屋を出ていった。
第2章 英語
10畳ほどの部屋の北向きと東向きにそれぞれ勉強机が置かれていた。天井から間仕切り用と思しきカーテンが吊るされ、片側に寄せられていた。
悠太の机の窓から見える丹沢山系の眺めが眩(まぶ)しい。
兄弟二人とも机周りはよく整頓されている。悠太の机の右脇にはスチール製の本棚が置かれ、机の正面には幅の広い本立てがどっしりと構えている。参考書や問題集で入り乱れた美咲の机とは大違いだ。
悠太の机の正面に集合写真が貼ってあった。顔を近づけて見ると、老紳士の周りを学生服姿の若者が取り囲んでいた。
「真ん中に座ってるこの人、ノーベル化学賞を受賞した富岡(とみおか)さんじゃない?」
「そうです。学校に講演に来たときの記念写真です。うちの高校の先輩なんで」
「へえー? そうなの!」
悠太が研究者を目指しているとは聞いていたが、案外、こうしたことが関係しているのかもしれない。
「それで、富岡さんのような研究者を目指しているんだ」
「ええ、まあ」
悠太は満更でもなさそうに笑みを浮かべた。きっとこの写真を誇りに思っているのだろう。
隼人は颯太の机を使わせてもらうことにした。これならキャスター付きの椅子に座ったまま、悠太の机の傍らに移動できる。
次回更新は11月13日(金)、18時の予定です。
【イチオシ記事】不倫して4年が経った頃、彼と初夏の信州へ。昼は景色を眺め夫婦のように寄り添った。夜は熱い口づけと抱擁。その肌のぬくもりは今も忘れられず…
【注目記事】何度かデートした男を振った結果…「ここではできない話がしたい」と言われ、なぜかホテルへ——「頼む! 見るだけやから! ホンマに!」と懇願してきて……
ゴールドライフオンライン(GLO)は、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン(GLO)編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp