【前回の記事を読む】「無断入室禁止」と貼り紙のある娘の部屋に、父親がこっそり侵入。妻にも内緒で、机の上を勝手に調べていると……
第1章 家庭教師
隼人は手元の解答用紙を机に戻し、平静を装った。
「いや、ちょっとな。おまえこそ何の用だ。掃除でもするのか」
「扉が開いていたから、変に思って覗(のぞ)いてみたのよ。黙って入って盗み見するなんて、やっぱり鍵をかけないとだめね」
「……今度、悠太の勉強を見ることになった。それで、ちょっと参考書を見てたんだ」
浩子はそんなことは聞いていないと言わんばかりに、不満を顔に出す。
「先日の法要で幸恵に頼まれてな。3月で退職したと伝えたら、悠太の勉強を見てもらえないだろうかってね」
「美咲が来年受験だとわかってるはずなのに。随分図々しいわね」
冷たく突き放した感じの浩子の物言いに、
「そうじゃないよ。時間があったらお願いしたいということだ」
「それで引き受けてきたんでしょ。美咲より悠太君のほうが大事ってわけね」
「そういう言い方はよせ。これまで何度も言ってるだろ。勉強見てやるよって」
隼人は声を荒げた。
「これからは俺も時間があるし、英語とか論述対策とか、今からでも遅くない。それがわかっているから歯がゆい思いをしているんだよ」
浩子は無言のまま机の上の整頓を始めた。
「こんなに乱雑じゃ、本人の頭の中も推して知るべしだ。不安に駆られ次から次へと新しい教材に手を出す。それでも足りないと予備校、通信添削。何かやっていないと不安なんだよ。教科書と参考書に集中すればいいんだ。悠太はそれを実践してるぞ」
隼人は胸の内に溜まった思いを吐き捨てると、逃げるように部屋を出ていった。
日曜日の朝、隼人は朝食の準備をしていた。
冷蔵庫から取り出した納豆と豆腐に薬味のネギと鰹節をかけ、醤油を少し垂らす。それにトースト1枚とコーヒーが、ほぼ定番の朝食メニューだ。以前は浩子が朝食を用意していたが、仕事を辞めてからは自分で作るようになっていた。
美咲がやってきて黙って席に着いた。彼女の前には浩子が用意しておいたトースト、スープ、サラダが並んでいる。
平日は隼人が起きる頃には美咲はすでに家を出ており、土曜日も学校の授業があるため、顔を合わせることはない。
日曜日、1週間の疲れで美咲の起床が遅れる時間帯だけが、隼人にとって娘と向き合える唯一の機会だった。
美咲の真向かいに座ると嫌がられるので、あえて斜交(はすか)いの席に腰を下ろした。
「高3になってクラスは受験体制に組み替えられたんだろ」
案の定、「またか」と言いたげに美咲は眉をひそめた。
「おまえはどういうクラスなんだ」
「前に言ったじゃない。難関国立大学の文系コース」
「それってT大を目指すということか」
「まあね」
難関大学といっても、実態はT大志望が大半で、それが叶わぬ場合にH大に志望を変える者が多いという。