【前回記事を読む】ネズミを見分けるために、各個体の指を切る「指切法」──教官は「この子らにとっては爪を切るようなもの」と言うが…

第一章 思い

続・ネズミの頃

だって研究室には、ネズミやイノシシやネコ、タヌキ、ムササビ、ヤモリ、ミツバチから体長数ミリのトビムシに至るまで専門家の先輩はいっぱいいたけれど、みんないい歳をして、収入のない大学院生であったり、さらに年上のオーバードクター(※)だったりした。

中にはすでに結婚していて看護師の奥さんに養ってもらっている先輩もいた。生活費の収入源は奨学金と予備校などのバイト収入だった。確かに、ネズミやヤモリにものすごく詳しくても、SONYやTOYOTAが「じゃ君、うちに是非来てくれ」と言ってくれるはずもない。

ネズミの知識を生かすには、ネズミの研究者になるしかないが、全国の大学にネズミの研究ポストがあるわけでもない。ぐるりと先輩たちを見回しながら、人生というのは好きなだけでは生きていくことができないのだなと、しみじみと感じたのだった。

それに本当はそこまでネズミを愛しているわけでもなかった気がした。今だから言うけれどネズミとは心中できないと思った。そんな時、ネズミの先生が「ミヤヂィ~。対馬のシカをやってみないか」と声をかけてくれた。

シカかあー、一瞬、自分が哺乳類研究者として将来を嘱望されているかのようなワクワク感が胸をよぎった。が、よく考えてみれば、ネズミがシカに変わっただけで、会ったこともないシカを愛せるはずもなかった。

そんな悶々とした学生の日々を過ごしながら、結局、私は高校の生物教師になったのである。