第一章 思い

ネズミの頃

と言っても、私が昔、ネズミだったわけではない。分け入っても分け入っても青い山の中で、ネズミを追いかけて調査研究していた学生の頃の話である。

あの頃、一つの動物を専門に調査研究していると、その動物に風貌が似てくるという噂があった。言われてみれば確かに……。イノシシを研究していたN先輩は、小太りの体型にいつもほろ酔い加減のように赤い顔をして、髪の毛は可愛く天然にカールしていた。八重歯がチャームポイントだった。

野猫(野良猫ではない。生まれながらの野生の猫である)を研究していた女性のI先輩は、猫娘のような切れ長の目が魅力的だった。トンボを研究していたN先輩は、柳ジョージのようにスレンダーだったし、夕方になると校舎の壁に現れるヤモリを研究していたT先輩はやっぱりヤモリな感じがした。 

私はと言えば、ノネズミを追って山々を駆け巡っていた。研究していると言っても1年未満の新米だったから風貌が似てくると言うにはまだおこがましかったかな。だけど、一つの動物を専門に調査研究をしていると、なぜその動物に風貌が似てくるのかは少し分かる気がした。なぜなら生活全体がその動物に似てくるのだ。

例えば私の場合、ノネズミの調査をする時は、ネズミの棲んでいる森の中にテントを張り、夜行性のネズミが活動を始める日没の頃にやおら起き出し、ネズミを求めて一晩中森を徘徊する。そして、ネズミが眠りにつく夜明け前頃に私もテントに戻り深い眠りにつく。次に目覚めるのはその日の日没頃。

まさにネズミとともに行動し、夜行性の生活を続けているのだ。お腹が空けばネズミ用に用意した餌のチーズや油揚げ、リンゴだってつまみ食いをする。こんな生活を先輩たちみたいに何年も続けていれば確かに風貌も似てくるだろう。

ところで、丑三つ時の夜の森を徘徊していて一番怖いことって何だか分かりますか。

突然足下をガサガサッと獣が走り抜ける音がしたり、バサッと枝が落ちる音、この世のものとは思えないようなムササビの鳴き声がしたり驚かされることには事欠かない。夜の森は、結構、賑やかなものだ。しかし何が怖いと言って、丑三つ時の森の中で「ヒト」に出会うほど怖いものはない。だってそうでしょう。でもよく考えてみるとこれってお互い様?

あの頃は、山でネズミを捕まえては大学に連れ帰り、夜な夜な実験を繰り返していた。データを取るのに苦労しながら何か月も経った頃、実験小屋に行くと、「ひぇー、死んでる。今まで収集したデータが……」。もう少し頑張ってほしかった。卒論書かないと卒業できないわけだから泣くに泣けなかった。