【前回の記事を読む】母と祖母を病で亡くした男子高校生。唯一の居場所を支えに生きてきたが、始業式の日、思いもよらない知らせが入り……
一席目 いつもここにあるもの
一
紅葉山高校は生徒の八割はスポーツ推薦(すいせん)クラス、あとの一割が進学クラス、残りの一割は家業経営クラスという特殊な構成で成り立っている。スポーツ推薦クラスは、インターハイを狙えるほどの実力者が集まる。特に球技と陸上が盛んだ。
紅葉山高校の周辺は紅葉山市のマラソンコースにもなっており、朝練で走ってきた陸上部員たちが柊を追い抜いていった。その後ろから大きな影が迫ってきて、二メートル近い生徒がバスケやバレーのボールを持って同じ方向に歩いて行く。普通に歩いていても歩幅の違いでどんどん追い抜かれていく。
カラフルなスポーツバッグやユニフォームの面々に追い抜かれているのはだいたい、進学クラスか家業経営クラスだ。
高校の門が遠くに見え、その後ろには紅葉山がそびえている。中腹に見える紅い鳥居(とりい)は紅葉山神社だ。朱の鳥居は秋になると紅葉の中に埋もれてしまい、だまし絵のように見えなくなるが、その輪郭(りんかく)を見つけた時には何かかけがえのないものを見つけられたようにうれしい気持ちになる。
朝から汗臭い男子ばかりに囲まれて歩いていた柊は、嗅ぎ慣れた香の匂いが微かに前から漂(ただよ)ってくるのに気が付いた。少し小走りに足を速めてその背中に声を掛けた。
「おはよう、錦生(にしき)」
「おはよう、柊! 今日から部活も再開だな。新部長」
「ああ、今日からよろしくな、新副部長」
「こちらこそ! 鬼の夏期講習から生きて帰ってこれたんだな」
「おかげ様で」
「学校主催の泊まり込み夏期講習があるなんて、ほんと、進学クラス半端ない」
木更津(きさらづ)錦生は家業経営クラスの二年。木更津呉服店の御曹司(おんぞうし)だ。
家業経営クラスは紅葉山市内にいまだに多く残る商家の後継のために作られたと聞く。老舗(しにせ)の看板を守るための経営を多方面から学び、文化と経営を両立させられる人材育成を目的としている。
柊と錦生とは幼なじみ。幼稚園から高校までずっと同じ学校だ。とはいえ、小学校に上がるまではいつも一緒だったが、小中とお互い一度も同じクラスにならず、別々の友人やコミュニティーで過ごしていた。高校になって茶道部でまた一緒になった。実家同士も近い。
錦生には年の離れた三人の姉がいて、三女の椿(つばき)が柊の六つ上の姉、美麗(みれい)と同い年。高校に入るまではお互いの消息は主に姉たちから聞いていたくらいだ。