次の瞬間、泰介が「はい、わかりました。先生、出席を取ってください。みんな、名前を呼ばれたらマスクを外して返事をしましょう」と力強く答え、泰介の号令で大類は生徒全員の名前を呼び上げた。
「相川真子、青山玄、伊藤磨人、江守茉祐、尾崎心音、押切泰介、木村悠希……」
これまで隠されていた生徒の顔が露わになり、大類は食い入るようにその表情を眺むると、ある生徒は照れくさそうに笑い、ある生徒は目を潤ませた。最後に山浦瑠璃の名前が呼ばれると、教室は一瞬静まり返った。その沈黙を破ったのは比呂だった。
「先生、玖美は……明日の卒業式には……」大類の表情がわずかに曇る。
(ああ。あいつなら今、うちの水槽で世の中を眺めてるよ。クーミンって名付けてな。……おかしいだろ。守りきれなかった生徒を金魚にして飼ってるなんて教師失格だな)
平野玖美。体育以外の教科はオール5の成績で、茶道部の部長と生徒会の役員も務め、性格も明るく、学校生活を謳歌していた。しかし、卒業の目前、彼女の席は空席のままだった。
海外から新たなワクチンが導入され、いよいよ接種が始まるのではないかという報道が広がる中、玖美の両親はその有効性や副反応、安全性について強い不安を抱いていた。
一方で、ワクチン推進派の保護者からは「学校生活の安全を守るには、生徒全員に接種させるべきだ」という声が高まり、保護者会ではまだ始まってもいない接種をめぐって意見が激しく対立した。
「学校を危険にさらすのか!」と声を荒らげる親がいれば、「不安を抱く家庭にまで接種を強いるのか!」と言い返す声もあった。登校する生徒たちは、その罵り合いの間を肩をすぼめて通り抜けるしかなかった。
窓越しにその光景を見ていた玖美は、まだ何も決まっていないはずの未来の選択が、自分や家族を責める刃になっていくことに耐えきれず、震える手で顔を覆った。
ある日を最後に、玖美が校門をくぐることは二度となかった。
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