1 憂いの卒業式

彼らが懸命に取り組んできた学校の行事は、ことごとく中止や縮小を余儀なくされた。最後のホームルームで、大類はいつものように、黒板に「決断」の二文字を書いた。

「いつも皆さんに伝えてきたこと。決断するということは何かを断つってことだ。過去や迷いを断つ。決めたら断つ」3年1組全員の「はい」という返事が、教室中に響いた。そして、大類は最後に二つの願いを生徒たちに伝えた。

「一つは成人式での再会だ」

大類は真剣な眼差しで訴えた。

「成人式は尾花沢に帰ってこい。その夜はみんなで一緒に乾杯しよう。場所は佐藤比呂(ひろ)さんが就職する、銀山苑(ぎんざんえん)を予約するから」

大類の言葉に比呂は背筋を伸ばし、少しの緊張が混ざった表情で頷いた。

銀山苑では学級委員の押切泰介(おしきりたいすけ)の母、美香が女将代理として働いていた。美香も大類の教え子で、比呂が銀山苑の採用面接に臨んだ際、真っ直ぐに美香を見つめて言った。

「不登校になってしまった友人を救えなかった私に、お客様をおもてなしする資格なんてあるんでしょうか」

震える声で問う比呂に美香は優しく、そして力強く答えた。

「その痛みがわかる人だから、ここにいてほしいのよ。いつか佐藤さんの大事な友達が銀山の雪を見に来たとき、最高の笑顔で迎えてあげてください。それと、尾花沢に生まれ育った佐藤さんならわかると思いますが、先人たちは未来の私たちのため、みんなで声を張り上げ泥にまみれ、地面を力強く踏みつけて徳良湖を築きました。

そして、花笠踊りのあの力強い足踏みが生まれました。今はコロナでホテルや旅館は大変ですけど、ヤッショウ マカショを忘れずに、この銀山温泉を守っていきます。佐藤さんの入社を心からお待ちしています」

美香の言葉は、コロナ禍で敬遠されていたホテル旅館の仕事を選択することに少し迷いがあった比呂の背中を最後に押した。

大類はもう一つのお願いをした。

「マスクをしていないみんなの顔を、一瞬でいいから見たいというのが、私から最後のお願いだ」

大類の目の下の細かい笑い皺は、生徒たちの些細な冗談にも耳を傾ける包容力を示していて、いつものように彼は目を細めながら願っていたことを口にした。これまでずっとマスク越しにしか見てこなかった、生徒たちのありのままの表情を見たいという、大類の切なる願いだった。