第一章 三億円の田んぼ
(二)
田んぼは、初めてだった。米を追う仕事を、しているのにもかかわらず。
ただ、たまには署を離れるのも、いいものだ。稲の上を渡る風に吹かれながら、葛城玲子は思った。いつ降り出すかわからない天気だが、田んぼの現場検証も悪くない。後ろに控える部下、高橋警部補もそう感じているようだ。
「今のところ、目撃者は見つかっていません」
所轄の警官が、散発的に報告に来る。
「田んぼにはありませんが、農道沿いには何台かビデオカメラが設置してありました」
玲子は、二人に黙ってうなずいた。今のところ、大したことはわかっていない。田んぼに毒がまかれ、稲が枯れ、脅迫状が届いた。身代金の要求は、五百万円。
黄金色の稲をかき分け、烏丸秀造が田んぼから上がってきた。蔵元で、田んぼのオーナー。日本一高い酒を造る醸造家だという。
細面で色白、柔らかい髪を七三に分けている。繊細な銀縁のメガネに、しきりに手をやっていた。
「しかし、ひっどい話ですよ、まったく。何も、悪いことしてないのに」
蔵元が、ぶつぶつとぼやく。
「第一発見者は?」
玲子は、それには取り合わず、訊ねた。
「田んぼの向こう端にいます」
秀造の示す方を見ると、さっきの三人組が目に入った。白い綿シャツと、ジーンズの小柄な女性。三十才くらいか。
手拭いを頭に巻いた大男は、紺のジャージの上下。身体ばかり大きい高校生が、そのまま年齢(とし)を取ったようだ。
そして、もう一人。背が低く、引き締まった感じの年寄り。