第一章 三億円の田んぼ
(二)
「この辺りは、酒米を多く作っていると聞いてきましたが?」
高橋警部補が口を開き、さり気なく問い掛けた。この男は、雑学一般なんでも詳しい。
「酒米の適地なんですが、何を育てるかは、農家さんが決めます。酒米は、高く取引されますが、育てづらいので」
まわりをよく見ると、まだ、生えている稲穂の丈は長い。
「なるほど背が高いから、育てづらいのか」
玲子の指摘に、秀造が少し驚いている。
「その通りです。強い風に弱いので、倒れやすくて」
玲子が見たところ、飯米との違いは丈だけではない。この田んぼには、雑草も多く生えている。
「こんなに草が生えてるのも、酒米だからか?」
飯米コ蔵元が、首を左右に振った。
「酒米云々じゃなく、オーガニックの田んぼだからです」
「オーガニック?」
玲子は、首を傾げた。
「除草剤を使ってないんです。化学肥料や農薬を使わない栽培、有機栽培農法をしているので」
「オーガニック農法、妙に高い野菜にシールが貼ってあるやつだ。見たことは、ある。だが、農薬は普通有機系の化合物だろう。有機リン系とか、サリンだってそうだ。農薬を使わないのを、有機農法と呼ぶのは、おかしくないか」
秀造が目を丸くし、両手を広げると、手のひらを上に向けてみせた。
「そういうことは、農水省に言って下さい。連中が決めたので」
つまり、よく知らないらしい。これ以上聞いても、無駄なのはわかった。田んぼの三人組に近づいて行くと、最初に若い女性が気づいた。丁寧に頭を下げ、肘で隣を小突く。大男も、慌てて頭を下げた。
もう一人。年寄りの女性は、目を見開き、じっとこっちを見ている。細くて黒い目の奥は、深い。何かを、値踏みしてる目だ。
秀造が、三人に駆け寄る。すぐ横に立って、紹介を始めた。