マイはその声にふりむく。身体が硬直した。古ぼけた品のよい服を着た男がにじりよって来た。
「こっちにおいでベベ。かわいいベベ。さあこっちへ」
マイ、魅いられたように彼の方に歩を進める。するとエリカは、
「さあ行くわよ」
そう言うと紳士から逃げ出す。
走って走って息がきれた二人は立ち止まる。
マイは震えながら思う。
『彼がいた。彼が。もう二度とめぐりあうことがないと思っていたのに』
『早く心を凍らせないと。心を凍らせないと』
マイ、集中して心を凍らせようとする。
すると温かい何かが彼女をつつみこむ。エリカがマイを抱きしめたからだ。
「どうしたのよマイ。震えているわよ。あの男は何?」
「その指環、シャインダイヤモンドでしょう。ロシア皇帝が持っていた。あなたは誰? アナスタシア?」
「私はアナスタシアではありません」
「マイ……」
「彼の名前はジル。私を育ててくれたの。母はバレリーナで、いつも私に冷たいのは、母が身ごもった時、男に捨てられたからだそうです。でも私は愛を知っていた。バレリーナの仲間たちが私を愛してくれたから――。
でも、それが母には面白くないらしく、ある日パトロンだったジルに私を売ったんです。私は館に閉じこめられ、彼好みの淑女になるよう教育を受けました。彼の意にそぐわないと容赦なくムチが飛び、でも時おり見せる彼の優しさは、私にとってかけがえのないものでした。
ある日ロシア革命がおき、ジルは着の身着のままロシアを離れました。お金に困ったジルは、最後の最後に私を売りました。それはアナスタシアをつくり出そうと画策している組織でした。私はそこでアナスタシアの替え玉になるよう教育されました。
その小道具になるのがこのシャインダイヤモンドであるのです。
次回更新は10月30日(金)、20時の予定です。
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