入念に予防をしても、健康的な生活をしても、生きたいと願っても、努力も気合も希望も超えて死がやってくることを僕は知っている。新婚旅行が二人の最後の思い出になるかもしれないと考えて、すごく怖くなった。

会いたくてたまらないけれど、感染しているかもしれないまま会いに行っても妻のリスクを高めるだけで、妻に来てもらうのは考えられない。

考え過ぎだと苦笑いする人もいるかもしれないけれど、妻が僕のせいで感染したらと考えるだけでたまらないほど怖い。妻も同じ感覚でいてくれているのは嬉しい。だからこそ、会えない。

最悪のタイミングだよな、なんて思うこともあるが、そもそも感染症が蔓延するのにいいタイミングなんてあるはずがない。

妻の友人は結婚式を延期している。ショートヘアだったが、結婚式に備えて伸ばし始めた髪は、長いままだそうだ。幸せな門出が不要不急と断じられるのは寂しいなと思う。本当は整理のつけようがない寂しさを、「仕方ない」とどうにか片付けてきた人が世界に何人いるだろう。

お湯が沸いてやかんの蓋がカタカタと揺れ出したので火を止める。

緊急事態宣言は解除されたけれど、二人でまだ様子を見ている。でもそろそろ会えるかなと思って、ずっと飲まずに置いたままにしていたコーヒーの賞味期限を確認したら、2か月前に切れていた。

フレーバーはレギュラーとキャラメルの2種類、二人で飲むからすぐなくなるだろう、と思って5袋ずつ買っておいた。つまり10袋、賞味期限切れのコーヒー20杯分が、未開封で台所の棚にしまわれていた。

多分、君は笑って一緒に飲んでくれるだろう。

「仕方ないなぁ」苦笑いする君の声が、表情が、鮮明に浮かんできた。

ちょっと強めに肩を叩いてくる感触までした。

でも、それが現実になるのはいつだ? 君とコーヒーを飲めるのはいつになる?

コーヒーの賞味期限はとっくに過ぎていて、どんどん過ぎていって、もしかしたら半年くらい過ぎてしまうかもしれなくて、さすがに苦笑いで済まないだろうなぁなんて、僕が苦笑いをしてしまった。色違いの同じ型のカップ。僕が緑で、君はオレンジ、君のカップは母親の仏前に供えることになる。

ドリップコーヒーをカップにセッティングしてお湯をゆっくり注ぐ。こぽこぽという音とともに立ち上る匂いが香ばしい。

次回更新は10月23日(金)、8時の予定です。

 

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