1 遠いようで近いようで

やかんをコンロにかけて火をつける。

紙製のパックを破ると内側がアルミ張りになっていて、意外としっかりした作りになっていることに驚いた。それ以上にびっくりしたのは、中にドリップ式のインスタントコーヒーが2個入っていたことだ。一つのパックには一つしか入っていないと思い込んでいたけれど、そういえばチラシを見た時に、

「二つ入っているから君と一緒に飲むのにちょうどいい」

そう考えて購入を決めたことを思い出してため息が出た。

「君と一緒に飲むように」ということしか覚えていなかったコーヒーを、一人で飲む準備をする。母親の仏前に供えるのでいつも通りではあるのだけれど、カップは二つ、お湯も二人分。いつも通りだけど、いつもより寂しい。

このコーヒーは、仕事でお世話になっている団体がフェアトレードの一環として販売しているものだ。その団体のトレードマークがデフォルメされた地球で、温かくてかわいい絵柄が印象的だった。確か購入したのは年が明けたくらいだったと思う。

妻と僕は高校の同級生で、ずっと仲のいい友達として付き合ってきて、交際期間はここ2年くらいで、半年前に籍を入れた。

妻は地元に根差した手堅い職に就いている。僕のほうは2、3年間隔で全国転勤するサラリーマン。僕が地元近くの地方に転勤できたことをきっかけにして結婚の話を進めた。

妻が志を持って今の職業に就いていることを知っていたし、今の職業に就くために努力を重ねていたことも知っていたし、頑張り続けていることも知っていて、そういうところに惚れていたから、僕は妻に仕事を辞めてほしくはなかった。僕自身も仕事を続けたかった。

妻も、僕の転勤についてこられないことを気にしていて、僕は傍にいられないことを気にしていて、だから、お互いの生き方を尊重し合って支え合っていくことにして、そして、離れて生活する別居婚が始まった。

周りからは結構驚かれたけれど、

「お互いに行き来して月に1、2回は会うようにしよう」

なんて二人で笑っていた。

新婚旅行先の海外で、二人で結婚式を挙げて、帰国して以来、僕たちは会えていない。

新婚旅行に行ったのが3月の初め、その頃がちょうどぎりぎりだったのだと、今になって分かる。

4月の年度替わりで僕は東京に転勤して、1週間もしないうちに緊急事態宣言が出た。

僕は数年前に母親を亡くしている。不摂生な生活をしている人ではなかったのにガンになった。6年間、治すために、生きるために努力してきたのに、消え入るように息を引き取るさまを目の当たりにした。