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碧(あお)く澄んだ川のせせらぎが谷底から聞こえてくる。古い木造旅館の先には鮮やかな赤い橋が架かっている。湿り気を帯びた石畳に硫黄の匂いが漂う。道端から立ち上る湯煙は山から降りてきた冷気に攪拌(かくはん)され、一帯に柔らかな結界を張るかのようだ。
下駄の音しか聞こえない。麻田は静謐を壊さないよう、そっと歩みを進めている。
「静かだね」
由那は丹前の襟元を合わせながら言った。
麻田と由那は群馬の四万(しま)温泉に来ていた。
赤道が死んだあと、麻田はしばらく複雑な思いに沈んでいた。あれだけ怒っていたのだ。ふり上げた拳をどこへ下ろすというのか。憤懣やるかたない一方、いくら極悪人でも死者に鞭打つような態度はどうかという思いもあった。
――ノーサイドじゃないのか。
ただ、ふつうのノーサイドは両側に公平だ。赤道のノーサイドはあまりにも一方的で、麻田はボールに触れもせず終わったようなものだ。
とはいえ、由那はこちら側へ戻るしかない。その道をつけてやれるのは自分だけだ。
次回更新は10月27日(火)、11時の予定です。
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