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「春」が近づいている。どんな一年間だったかで、その年度末、三月の纏う印象は違う。

それなりにときを積み重ねる中で、ほんの少しだけ大人になった気になっている自分のような大学生にとっては、なおさらそうなのかもしれない。

私たち学生にとって、「一年間」という括りは、一月一日からその年の大晦日までではなく、一年一年階段を上るように過ごしてきた「年度」の方がずっとしっくりとくる。いや、私たちだけではないのかもしれないが、「学校」という場所以外に身を置くのは、まだ少し先のことなので、その心持ちはわからない。

そして、今年の三月も、春のくせに春と呼ぶにはまだ早く、それでいて気ぜわしく浮き足立つような、ざわざわと微妙な雰囲気を漂わせている。

それにしても。

それにしてもだ。

またか──。

別に「自分だけが」とか「自分たちだけが」とか、そんなことを言うつもりはない。それでも、またかと思わずにはいられない。

「あなただけではない」

「あなたたちだけではない」

いつか聞いたような、というより、ずいぶん聞き慣れた、そんな言葉が聞こえてくるたび、きっと他の人とは違うであろう居心地の悪い既視感を感じる。もしかしたらその言葉さえ、自分で勝手に聞こえる気がしているだけなのかもしれない。

いや、他人の言葉ではなく、無意識に自分に言い聞かせている言葉を、自分で勝手に聞いているだけなのかもしれない。

三月のキャンパスは、行き交う学生もまばらで、普段の若々しいざわめきを知っている者にとっては、驚くほど静かで殺風景だ。

大学構内の中で、いつも活動している「そこ」は、広い敷地の中で、少し奥まったところにある。歴史を感じさせるといえば聞こえはいいが、あまり手入れをされていないとも思われる鬱蒼とした緑に囲まれたその場所は、大学入学後の一年で、間違いなく最も出入りした場所だ。

ざらりと錆びついた重たい扉を両手で引くと、懐かしい匂いが全身を包む。生暖かく湿った匂いだ。

たった二週間出入りをしていないだけなのに。