毎日嗅いでいた匂い。生ぬるく、気だるい空気。微かな塩素の匂いは、いつものプールの匂いだ。これだけ消毒しているのに、感染なんてするのかなと、ふと思う。まあ、それとこれとは違うか。浮かんだ疑問に、自分で軽く突っ込んでみる。
三台並んだ飲料メーカーの自動販売機や、これまで表彰された歴代の賞状やら盾やらが、意外と無造作に収められた大きなガラスケース。それらが置かれた、薄暗くじめりとした廊下を右手に進むと、女子の使用する更衣室がある。
二週間ぶりの更衣室は、それ以上に久しぶりの感じがして、ドアを開けるとき、少しだけ緊張した。
「あのとき」もそうだった。
「あのとき」は、どれくらいプールを離れていたのだっけ。二週間なんてもんじゃないな。プールの存在すら、頭の中からも、心の中からも消えてしまうくらい長かった気がする。思い出そうとするが、そもそも「あのとき」の記憶は、すでに遠い彼方のものになっている。自分が無理に引き寄せない限り、ずいぶんと遠い。敢えて遠いものにしてしまっているような気もする。
そうかと思うと「なぜ、今、こんなときに」というような、とんでもない瞬間やタイミングで、容赦もなく襲いかかってくるから厄介だ。
誰もいない薄暗い更衣室で着替え、プールへと進んだ。出てきている学生は、数えるほど。予想していたことだが、いつもの光景に比べるまでもなく、少ない。親しくしている部員の姿もない。
プールサイドでシリコン製のスイムキャップをかぶる。練習用のメッシュのものも持っているが、シリコンの感じが好きだ。引っ張り上げられる髪の痛みさえ、心地いいと感じる瞬間だ。
大学のスクールカラーであるマリンブルーのキャップ。大会のときだけその色のキャップを使う学生が多く、普段は、イエローやオレンジ、シルバー、色とりどりのカラーが、かわいらしいマッチ棒のように賑やかにプールを彩る。