五、強肴
昭和十八年一月四日
ガダルカナルの戦況は正直厳しい。我が巡洋艦高雄は無事に帰還するも、先行きが思いやられる。昨夜は当直。闇夜の中、必死に目を凝らし、敵艦来襲に備えるも何事もなし。〇四二〇、幾ら赤道直下の南方と雖も、朝まだきは流石に冷え込み、空腹に耐えかねていた。
「大尉、宜しければ」
と従兵が盆に何かを乗せて持って来た。
丼には、炊き立ての麦飯の上に、炙って刻んだ油揚げと、削ったばかりの鰹節、そして生醤油が一垂らし。福神漬けが添えられ、熱々の番茶と共に一気に平らげ、人心地がついた。朝飯前の朝飯は、こよなく旨かった。
それでいて、麦飯、味噌汁、沢庵と梅干の朝食もしっかり食べるのだから、胃の健康さには我ながら呆れる次第。
しかし、陸さんの苦闘を思うと、贅沢はいわれぬ。野ネズミや蛇を捕らえて喰い、其れも一日一度がやっととか。もっとも、或る意味彼らは自業自得ではある。「補給があるから勝てる訳ではないが、補給を軽視する軍隊が勝ったためしはない」
これは海軍士官なら誰しもが知っている。ところが陸さんときたら、補給なぞ何も考えず、現地調達の一点張りだ。密林のジャングルで、どうして米が炊けるものか。
挙句の果てには、日本の味が恋しいだろうと、陸軍参謀本部が内地から送ったのは、塩鮭だったそうだ。
戦艦霧島のクラスメイトから聞いたが、その塩鮭は、赤道を越した途端に全部腐り、誰も食べられなかったそうだ。現場を知らぬインテリの机上の空論、此処にあり。食を大事にしない、こんな連中が戦を仕切っていて、果たして本当に勝てるのだろうか。
陸さんがシンガポールを占領し、かの有名なラッフルズホテルを占拠した時のことだ。これは比叡の後輩から聞いたが、陸さん達は、ホテルのレストランに浴衣と雪駄で現れ、
「あちらのラムネは旨いのう」
とシャンパンを開けたそうだ。しかも、ジャズ・バンドに黒田節を演奏させようとしたとか。
我が海軍は、きちんと純白の夏式軍装に身を包み、テーブルマナーを守り、長髪を梳り軽く香水を振っている。長髪なのは、揺れる艦内で頭部をぶつけた際、少しでも怪我を少なくする為だ。香水は、平安期からの武士の嗜みで、いつ命を落とすかもしれないのに、汗臭いままあの世にゆけるものか。坊主刈りで田舎臭い陸さんとは、感性がまるで違う。
「一緒に食事をする人への気遣いと、食事を作ってくれた人への心遣いを忘れるな」
「海軍士官たる者、洋食マナーを会得すべし。然るに、西洋料理は精養軒を利用すべし」
この二点は、上官から耳にタコが出来る程聞かされた。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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