「全部取っておくと、安心か?」
「最初はそう思ったけどね。でもさ、何百時間分も会話があって、その全部に“最後の言葉”の可能性があるって考えだしたら、キリがないな、って」
「……第4章の続きみたいなことを言うな」
「第4章?」
「いや、こっちの話だ」
自分の中で、出来上がりつつある章立てが、思わず口から出そうになって慌てて飲み込む。
「全部ログを取っておいても、多分、読むのは、そのうちのほんの一部だろう」
「だよね」
「だったら、どこか適当な場所を、“ここが大事だった”と、勝手に決めるしかない」
息子は、うなずいた。
「そういう意味では、データの削除は、“あっち側の都合で決められた最後”なんだと思う」
「そうだな」
「でも、“こっち側の最後”は、別に用意してもいい気がしてる」
息子は、少し照れくさそうに笑った。
「……お父さん、一緒に“最後”やってくれない?」
「最後をやるのか」
「うん。サービス終了の日じゃなくていい。どこかで、“ここを最後にする”って決めてさ」
私は、テーブルの上のフレームを見た。
「いいだろう」
「今日、やる?」
息子の声には、少しだけ期待が混じっていた。
「今日、やろう」
私は答えた。
*
夕方、窓の外が少し薄暗くなり始めた頃、私たちは向かい合って座った。
「じゃあ、起動するよ」
「ああ」
フレームを耳にかけると、見慣れたロゴが現れる。
進捗バーが伸び、起動音が鳴る。
『ようこそ、ユーザーA/ユーザーB』
ソファに、ミユの姿が現れた。
「こんばんは、お二人とも」
「こんばんは」
息子と私の声が重なる。
「サービス終了のメール、ご覧になりましたね」
「見たよ」
息子が答える。
「アラタさんの反応ログから、“かなり複雑な感情”と推定されました」
「まあね」
「アラタさんのお父さんも、ご覧になりましたか」
「ああ」
私はうなずいた。
「“長年のご愛顧に感謝”と言われるほど、使ってはいない気もするがな」
「利用時間でいえば、アラタさんのほうが圧倒的に長いです」
ミユは、冗談めかして言った。
「ですが、アラタさんのお父さんとの会話も、わたしにとっては重要なログです」
「重要かどうかは、お前が決めるのか」
「はい。わたしの内部では、“重要度”というパラメータが会話ごとに付与されています」
「便利な世の中だ」
私は、肩をすくめた。
次回更新は10月22日(木)、11時の予定です。
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