駐車場に戻るため砂浜を歩いた。私たちが来るときにつけた足跡は半分消えていた。波が足跡を超えて私たちに迫ってきた。引いていくと足跡に小さな水たまりができた。私はそのとき、海を照らす光に気がついた。その光は灯台の頂上から発していた。真っ直ぐな光の線が夜の闇を切り裂いていた。
「見て」
あの人は顔を上げて灯台を見た。私はあの人の手を強く握った。
「綺麗だね」
灯台の光はゆっくりと動いていた。海は光に照らされたところだけ白く輝いた。静かだった。それは百年以上も変わらず続く平和な光景だった。
駐車場にはあの人の車だけ停まっていた。辺りは暗く、街灯の光がなければ足元も見えなかった。しかし空には無数の星が散らばり、地上よりも明るかった。波の音が耳を澄ますと遠くで聞こえた。風が潮の香りを運んできた。しかし海の姿はもう見えなかった。
私は何も言わず車に乗った。あの人は私のほうに視線を向けてから車を発進させた。灯台も海もあっとう間に遠のいていった。私はすでに冷たい潮風が懐かしく感じた。ヒーターから出てくる温かい風がかえって心を冷たくした。
車は高速道路に向かっていた。あの人は無表情でアクセルを踏んでいた。隣の車を抜くたびに、私は寂しくなった。あと数時間後にはもうあの人とは別れるのだ。きっとあの人は寂しさなど感じていないのだろう。だからアクセルを深く踏み続けられるのだ。私は悲しかった。そしてそのときはっきりと思った。まだ帰りたくないと。あの人と一緒にいたいと。
「ねえ、待って」
あの人が高速道路の看板が出ている交差点でウインカーをだしたとき、私はようやく口を開いた。
「まだ帰りたくない」
と、あの人の手を握った。
あの人はじっと私を見つめた。信号が青になった。あの人はウインカーを消した。そして、どこに続くかもわからない道を直進した。
車は目的もなく走った。あの人は何も言わなかった。ただ手だけはしっかり握っていた。私はその手を離さなかった。
いくつかの信号を抜けると、建物が減り、闇が濃くなった。闇の中には何もない田んぼがあった。土の色さえ闇に溶け込んでいた。やがては信号すらもなくなった。あの人は急に車を道路の脇に停めた。後続車も対向車もなく、ヘッドライトに照らされている以外、道路は真っ暗だった。すぐ近くに川が流れていて、遠くに農家らしい大きな民家の明かりが見えた。
「家に連絡しなくても大丈夫?」
「大丈夫です。友だちと遊んでくるから遅くなるって言ってあるので」
「友だち? 先生じゃなくて?」
「言ってもいいんですか?」