【前回記事を読む】衰弱した愛猫から一瞬目を離すと、「カタン」と皿が落ちる音が…前脚が空回りをして体重を支えられず、どうと倒れ込み…
悲しみの底で見つけたもの~猫さんが生きた八十九日間の記録
四月三十日(水)
十五時五十分、口をカパッと大きく開き、咳込むような大きな呼吸があった。むせたのかと思ったが、その後呼吸が止まったのを見て、恐らく深呼吸と無呼吸の繰り返し――人間でいうチェーン・ストークス呼吸――だと気づいた。
その繰り返しが五回ほど続いた後、目と口を大きく開いたまま倒れ込み、そのまま動かなくなった。前脚を握ったが、もう、彼女は握り返してこなかった。
十五時五十二分、聴診器を胸にあてた。心音は既に聞こえなかった。
私には、泣き叫ぶ前にやるべき事があった。あれほど可愛さと美しさを兼ね備えた猫さんが、口と目を開いたままだと可哀相過ぎる。力と心を込めて、彼女の口と目をゆっくりと閉じた。すると、すぐに猫さんがもうこの世に居ない現実が私に追いつき、溢れ、飲み込んできた。
「ありがとうねえ、ありがとうねえ、今まで頑張ってくれて、ありがとうねえ」
考えるより先に言葉が出た。一番言いたかったのはこれだったのだ。
不治の病で、早く楽になりたかったかもしれないのに、一日でも、一時間でも、一秒でも長く持って欲しいというこちらの我儘につき合ってくれたのだ。その優しさ、頑張り、闘志に、愛に対して敬意と謝意の気持ちを、もう聞こえぬ猫さんに向かってぶつけていた。それから、息子の事を詫びた。
「ごめんねえ、本当にごめんねえ。あの子は大馬鹿だからさ。いつか分かった時に叱っておくから」
息子は、猫さんの死すべき運命を理解できず、この時期になっても陽気にはしゃいでいた。苦しむ猫さんを前に謎のダンスを踊っていた。まだ五歳の息子に「空気を読め」というのも無理な話だろうとは思うが、教えなければならないと強く思った。生き物が死ぬ意味と、それに対して生き残った者がとるべき態度と持つべき気持ちを。
溢れる感情を叫ぶようにして放出した後、妻に電話をかけた。もう泣かないと思っていたが、自分の声が涙でくぐもっていた。電話の向こうの妻は、夜までは持つだろうと思っていたのか、動揺しているのが反応から伝わってきた。
彼女もまた泣いていた。失ったのが家族であるというのを共有していたのだった。