一通りの仕事が済むと、時刻は既に昼を大きく回っていた。彼らは教室の隅に机と椅子を並べ直し、持参したパンと缶詰、バナナの昼食を摂るともう急いで帰り支度を始めなければならなかった。元来た道を戻って夕方までにはJハウスへ帰らなくてはならない。
同じ道を帰るということは、来るときにかかった四時間余の行程を覚悟しなければならないわけだ。
この島は想像以上に広く、プエルトガレラにほど近いJハウスを拠点にしても、島の山奥のマンギャン族の村々を訪ねるのは思った以上に大変だ。早朝に出かけても、往復の行程に多くの時間を費やし、現地での活動はほんの一、二時間で済ませなければならないことも多くある。
吉田や手慣れた人たちは現地の担当者とキャンプ用具を携帯して泊まり込みで出向くこともあるらしいが、不慣れで見るからに華奢(きゃしゃ)な身体(からだ)つきの木田のような者が同行しては足手まといになることは分かり切っている。だから、そんな場合は木田は一人Jハウスで留守番を任されることになる。
しかもその際にはウェンディが世話係に残ってくれるのだから、NGOカウバオとしては、木田の存在が反(かえ)って重荷に感じられることもあるに違いない。どう考えても、友人の大学教授が言うように、大歓迎で迎えてくれたとは思えず、裏では彼の強力な要請があったことは想像に難くない。