1 異郷の島へ
バタンガス[1]の港には昼前に着いたが、プエルトガレラ[2]へ渡る船は今しがた出たばかりのようだ。
客はみな、船着き場の薄暗い待合室で、次の便まで二時間近く待たなければならなかった。待合室の中は、東南アジアの町に特有の、あの焦げた油に酢を混ぜたような匂いが充満していた。
蒸し暑くて淀んだ空気の中で、飲み物や菓子、パン、原色の果物類、匂いの強い串焼きの肉などを売る店が、ところ狭しと軒を連ねていた。
通りかかる客を誘う売り子の甲高い声が、船待ちの客同士の交わすタガログ語や英語と混ざり合って、雑然とした印象を一層強めている。
待合室の案内表示や看板には英語と中国語が混在し、他方、そこに表記されたアラニオ、アルフォンソ、バラテーロ、ラゴ・デ・オロなどの町やホテルの名前を読むと、まるでスペインの田舎町にでもいるような響きがある。
待合室の外は、むき出しの強烈な陽射しが凶器のように照りつけている。
外の白々とした陽射しを見ていると、慣れぬ旅行客はそれだけで目眩(めまい)を起こしそうで、喧騒 (けんそう)と噎(む)せ返るような匂いを我慢してでも、この薄暗い待合室の中で陽を避け、じっと次の船が出るまで待つより仕方がない。
「何か飲まれますか?」
吉田という未だ三〇歳代と思しき狐のような目をした男が、木田の不安を見透かしたかのように声を掛けてくれた。
NGOから派遣された彼は、木田俊一をマニラまで迎えに来てくれていた。確かに、その聞き慣れた日本語の響きは、そのときの木田には何よりも心強く感じられたものだ。
しかし、木田には日本を発つ前に読んだ旅行書にあった不衛生な飲み物への注意書きが頭を過(よぎ)り、迂闊(うかつ)な飲み物に手を出すことは躊躇(ためら)われた。
目的地までの未だ長い道のりを考えると、緊急にトイレが必要になる可能性のある行為は、極力避けておいた方がいいだろう。少なくとも、島へ渡りきるまでは咽喉(のど)の渇きもなるべく我慢しておくに越したことはない。
「いえ、大丈夫です」