【前回の記事を読む】子は独立し、妻に先立たれ…惰性で生きる日々に終止符を打ったのは、旧友が知らせてくれた一つのNGO募集だった

1 異郷の島へ

港に沿った道のはずれにある、逆U字型のパイプ製車止めのあるところまでやって来ると、そこにはオートバイに屋根付きのサイドカーを取り付けたトライシクルが多数屯(たむろ)していて、さかんに「トライシクル、トライシクル」と連呼して客を奪い合っている。

中にはいきなり木田の重いスーツケースを奪い取って、自分のトライシクルに乗せようとする者までいる。何か言ってくれるのだろうと期待して吉田に目を向けても、彼は木田の様子にはまるで無頓着で、ひたすらスマフォと交信している。

やがて、「もうそこに来ているそうですよ」、と言うなりさっさと道を渡ってしまった。木田もスーツケースを奪い返すと慌てて彼の後を追った。気づくと道の向こう側に、いつの間にか旧式のトヨタのミニバンが停車していて、浅黒い顔の運転手と話しながら、吉田が木田を待っていた。

吉田から紹介された運転手の名前はトニーといった。黒いふちの眼鏡をかけた、やや大柄で誠実そうな男だった。

「じゃあ、荷物は後ろに積んで」と言いながらハッチバックの扉を跳ね上げた吉田は、木田のスーツケースを荷台に放り込んだ。「随分重いですね」と今更気づいたように言って、彼は手のひらに付いた埃を払うと、後部シートに木田を押し込んだ。

吉田が助手席に乗り込むと、クルマは周囲にまとわりつくように走るトライシクルやバイクを振り切って、猛スピードで走り出した。

行く先についての興味と不安から、緊張で身体をこわばらせているのが自覚できたが、一〇分二〇分と時間が経つうちにはやがて緊張が緩んできた。

それとともに長旅の疲れも出て、ついウトウトとし始めたとたん、クルマは突然左へハンドルを切ると、急な坂道を大きなエンジン音をたてて上り始めた。先ほどまで現地の言葉で話に興じていた吉田とトニーも、いつの間にか押し黙ったままだ。

やがて、クルマは白いペンキを塗られた瀟洒(しょうしゃ)な二階建ての家の前で停車した。現地の人々からJハウスの名で呼ばれているというその家は、決して大きくはないが、この島の中ではひときわ清潔な建物に見える。