【前回の記事を読む】そこには小金をためて仕事をリタイアした連中が、現地の女性と住んでいる家が沢山あるらしく…

1 異郷の島へ

「でも、よりによってフィリピンなんて。大丈夫なの? それでなくても直ぐお腹を壊すくせに」と、既に一児の母になっている娘の陽子は三人の湯飲みにお茶を注ぎながら懸念を示した。

子供の頃から病弱だったことこそが医者になった動機でもあることを、木田や祖父母から何度となく聞かされて育った陽子はよく知っていた。

「大丈夫だろ、自分が医者なんだからさ」と、学生時代からインドや中近東の国々を放浪して歩き、しばしば親を心配させながら育った健一は全く意に介さなかった。「今のままじゃどんどん萎れていくばかりだよ」

「そうねえ、確かに、お父さんには未だ未だ元気でいてもらわないと、私たちも困るわね」

陽子も強くは反対しなかった。そんな子供たちの会話を、木田は湯飲み茶碗を口に運びながら、黙って聞いていた。

激しいベルの音にはっとして我に返った。食事の合図に鳴らされると聞いていた音であることは直ぐに分かった。食堂へ行くと、吉田の他、いつの間にか帰って来ていた見知らぬ日本人らしい男女が三人、既に食卓に着いていた。

さっそく吉田がみんなに木田を紹介し、その後で彼らの一人ひとりを簡単に紹介してくれた。少し顔色の悪い阿部という男は、いかにも生真面目そうで口数が少なく、朴訥な青年で、もう一年もここで働いているということだった。

背が高く顔の彫りの深い新庄という男と、加藤美幸という三〇歳代後半に見える痩せた女は、この週末一緒に海辺のリゾート地へ行っていたらしい。

彼らが日中不在だったのは、週末を待ちかねたように、みな街や海辺のバカンスに出かけていたためだった。

日頃街から隔絶された山中で生活し、山深いマンギャン族の部落へ行き来する毎日を送っている彼らにとって、週末に街へ下りてディスコやビリヤードに興じたり、時には海辺でマリーンスポーツに興じることは最大の息抜きなのだ。

その夜、食卓に用意されていたのは予想以上に粗末な食事だった。小さな骨にこびりついた固い肉片を前歯で削ぎ落とすようにして食べ、匂いの強い炒めた飯と、具のない薄味のスープを少し口にすると、疲れのせいかもうそれ以上食べられなかった。

粗末な食事を摂りながら彼らの語る週末のアバンチュールを聞くうちに、彼らがいかに週末が来るのを待ち望んでいるか、そして街で好きな食事をすること、小さなホテルのバーに入ることを、何物にも代え難い楽しみにしていることを知った。

食後に自分の部屋へ戻って、パソコンを弄っているとドアにノックがあり、少し浮腫んだように見える阿部青年がおずおずと入ってきた。

「ちょっと、ドクターにご相談があるのですが」と彼は口ごもりながら遠慮がちに言った。「どうしました。あ、まあ、そこへどうぞ」と、木田は部屋に置かれていた椅子の一つを彼に勧めた。