二十五歳のペロピダスは血気盛んで、気強く戦友たちを鼓舞したが、みな呆(あき)れ顔で、

「勇敢なのは、けっこうだがな、ペロピダス。死んじまったら、おしまいだぞ」

「悪いが、おれは逃げる」

「おれも」

叫ぶと、隣で肩をならべて闘っていた友人たちが、ひとり、またひとりと、戦列から離脱してゆく。

「おい! 待てよ!」

ペロピダスは逃げゆく戦友たちの背めがけ、声を嗄(か)らして叫んだが、応じるものは皆無であった。

「ちくしょう……!」

一昔前(ひとむかしまえ)まで、テーバイは英雄ヘラクレス誕生の地として名を馳せ、武勇を誇っていた。それが、いつの間に、こんな、ふざけた腰ぬけぞろいの弱小国に堕ちてしまったのか。

(逃亡するなど恥だ。こうなったら、意地でも踏みとどまって戦いぬいてやる)

固い決意を総身に漲(みなぎ)らせ、ペロピダスは血ぬれた戦場に踏みとどまって奮闘した。だが、多勢に無勢。向こう傷を七箇所も受け、息もたえだえになってくる。疲弊しきった体に大きな円盾は重たく、剣を振り下ろす気力も萎えてきた。

「くそう……これまでか……」

力尽き、ついに地に崩れた。敵の攻撃は、容赦なく傷ついた彼の肉体に向かって襲いかかってくる。

だが、しばらくすると、ふいに敵の猛攻がゆるんだ。

(どういうことだ?)

ペロピダスが見上げると、彼の体の上に誰かが覆いかぶさっている。彼めがけて降りそそいでくる矢の雨をその身に受け、敵兵が加えてくる斬撃の嵐を防いでいるひとりの男が、そこにはいたのである。

「きみは……」

ペロピダスは、水でも浴びせかけられたかのように意識がはっきりした。

「エパミノンダス?」

それは、彼よりも八歳年長の青年エパミノンダスであった。

勤勉で、学識深く、弁も立つ。清廉潔白でもあったので、将来有望な若者だと、テーバイでも評判の高い男であった。だが、臆病なのか、謙虚すぎるきらいがある。

実力があるくせに、その才能を祖国のために役立てようとしない。それがもどかしくて、ペロピダスは彼のことをあまり好きになれずにいた。それなのに、臆病者だと見なして敬遠していたエパミノンダスが、いまは彼を守る盾と化し、敵軍の前に立ちはだかり、ひとりで懸命に戦っている。

エパミノンダスは立ち上がると、巨大な蛇の紋章が描かれた大盾でペロピダスの身を守りつつ、アルカディア兵の斬撃をはねかえす。その雄々しき姿にペロピダスは胸が熱くなったが、

「エパミノンダス! もう、いい……お願いだから、もう、やめてくれ。わたしにかまわず、どうか、きみだけでも逃げのびてくれ!」

悲鳴をあげ、懇願した。するとエパミノンダスはペロピダスをふりかえり、

「友を見捨てて生きのびるくらいなら、ここで死んだ方がましだ」

微笑さえ浮かべ、言いきった。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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