【前回の記事を読む】中庭の長椅子で目を閉じていると、右手に生あたたかい感触が…ぎょっとして引っこめると、それは手を舐めようとする……

第二章 刎頚(ふんけい)の友

1 親友の再会

「スパルトイ」というのは、英雄カドモスとともにテーバイを興した戦士の名だ。

テーバイの建国神話によれば、カドモスが泉に盤踞(ばんきょ)していた巨大な龍を退治すると、アテナ女神が現れ、「龍の牙を地面に蒔(ま)け」と命令した。

女神の助言に従い、カドモスが龍の牙を抜いて大地に蒔くと、そこから戦士たちが生え出てくる。彼らは互いに戦いあうと、最後に五人の屈強な戦士が生き残ったので、カドモスは、この五人の戦士とともにテーバイの町を造り、即位してテーバイの王となった、と、伝えられている。

大地に蒔かれた龍の牙から誕生したことから、この五人の戦士は「蒔かれたもの(スパルトイ)」と称された。

エパミノンダスの家は、建国の勇士スパルトイの末裔を称していたので、先祖の偉業を忘れまいと、エパミノンダスは愛犬をスパルトイと名付けていたのである。

「わたしも、おまえのかたわらで、ひと寝入りするか」

ペロピダスも軽くあくびをすると、瞼を閉じる。柔らかな日差しと微風が心地よく、ペロピダスはうつらうつらと眠りに落ちていった。

六年前、テーバイはスパルタの同盟国であった。そのため、スパルタ軍に援軍を要請され、紀元前三八五年、ペロポネソス半島の中央部にあるマンティネイアを包囲するための戦いに出撃し、アルカディア軍と戦った。スパルタ王アゲシポリスの率いるスパルタ市民軍は右翼に陣取り、テーバイ軍は左翼に配された。

だが、テーバイ軍の劣勢はいかんともしがたく、敵兵との交戦を諦めて逃走していくテーバイ兵があとを絶たない。若い兵士たちは、なおも踏みとどまり懸命に戦っていたが、味方の兵士がどんどん逃げ、戦列が薄くなってくると、無理もないことではあるが、恐怖に背を押され、

「なあ、ペロピダス。熟練兵も逃げ出した。そのせいで、アルカディア軍の攻撃が、おれたちに集中する。おれたちも逃げた方がいいんじゃないか?」

勇敢で人望もある青年ペロピダスに判断をあおぐと、

「弱音を吐くな。敵に後ろを見せて逃げ出すなんて、情けないぞ」