【前回の記事を読む】「サウジアラビアに行かないか?」飛行機に乗ったこともない修理屋が、迷わず中東行きを決めたワケは……
第二章 台風七号の被害の為、東京へ
沈まぬ夕陽に向かって
一九六六(昭和四十一)年九月四日、サウジアラビアへの出発の日が来た。
出発は羽田空港からだ。今は留学や海外駐在は当たり前だが、当時は非常に珍しいことだった。家族や親戚が揃って空港に見送りにきてくれた。
みんな無言で、特別な言葉は何もなかった。しかし口に出さなくても母が心配していることは、顔を見ればよくわかった。私に直接は何も言わなかった父だが、近所の人に自慢していたと後になって聞いた。父に初めて一人前の男として認められたのはこの時だったのかもしれない。
乗り込んだのは、国際線を運航するようになったばかりのボーイング七二七だ。サウジアラビアへの直行便はまだなかったので、香港、バンコクなどを経由しての旅だった。
初めての飛行機だから、雲の上を飛ぶのも初めての経験だ。長時間のフライトでも私は窓の外を見ているだけで飽きることも疲れることもなかった。
それに西へ向かう飛行機は日没の時刻に逆らって進むため、沈まない夕陽をずっと見ることができる。いつまでも暮れない空は非常に不思議な感覚で、自分が向かっている場所はこれまで経験がない全く新しい世界なんだという思いが強くなった。
この時思い出したのが、恩師の「先駆者たれ」という言葉だ。時代や周囲に先駆けて新しい挑戦をする。他の人に先立って物事を実行する。そんな生き方が大切だと恩師は教えてくれた。
今中東に向かう自分は、先駆者なのだ。そんな思いで、沈まない夕陽を見つめていた。
カラチに到着して飛行機を降りた。カラチはアラビア海に面したパキスタン最大の都市だ。治安が悪く危険なのでサウジアラビア行きの飛行機を待つ三日間はホテルから出ないように言われた。
ホテルに缶詰めになって時間をもてあまし窓から外をながめていると、庭の掃除や木の手入れをしている従業員がいた。掘りが深く褐色の肌の現地の男性だったが、靴は履かず裸足で作業している。
カラチは非常に暑い都市だから、地面も焼け付くように熱くなっているはずだ。それなのに火傷しないんだろうかと不思議に思ってよく見ると、彼の足の裏がまるで木の皮のように厚くなっていることに気がついた。私達日本人の足とは全く違う。裸足でいても厚い底の靴を履いているようなものだ。
生まれた国や生活環境、習慣などで人間の体は変わっていくのだとわかり、目的地に着く前から早くも世界の広さを知った思いだった。