【前回の記事を読む】24時間稼働させるため、工場の設備点検を怠ってはいけない。勤務中、僅かな気の緩みで作業員が感電死した…
第二章 台風七号の被害の為、東京へ
自動車整備士を目指して
車の仕事ができるのだと思うとうれしくて、張り切って工場に向かった。しかし車が好きでも知識はまだ何もない。まず洗車の仕事からだ。この車のタイヤを外せと言われてもどうしたらいいか見当もつかず、また一から勉強だ。毎日先輩についてまわって、タイヤの外し方から本体を分解する方法、点検のポイント、パーツの洗浄のやり方などを教わった。
運送会社の整備部門だから、扱うのはトラックだ。トラックはエンジンをよく使うので、オーバーホールの間隔も短く整備の力が特に重要になる。遠くのお客さんのところまで荷物を届ける時は、途中でトラックに何かトラブルが起きても対応できるように整備の人間が一緒に乗って行く。私も気が付くと今日は箱根の先まで行くから車に乗ってくれと声をかけられる日が増えてきた。
自動車整備の仕事をやるならきちんと資格を取った方がいいと先輩に勧められたのも、ちょうどその頃だった。
自動車整備の基本は、今も昔も三級自動車整備士だ。三級自動車整備士の資格を取るとオイル交換やタイヤ交換など基本的な業務を行うことができるようになる。自動車関係の専門学校を出ていれば卒業時に三級の資格が取得できる。しかし私は中学しか出ていないので、三級からのスタートだった。
働きながら半年間夜間講習を受けた。講習を受けて単位を取り学校内の試験に合格すると、国家試験の受験資格を得ることができる。
こうしてまず三級自動車シャシ整備士の資格を取った。シャシとはエンジンとボディを除いた部分のことで、これでシャシ部分の整備ができるようになる。そして次の半年では三級自動車ガソリン・エンジン整備士の講習を受け、ガソリン自動車の基本的な整備、点検やタイヤ・オイル交換などが行えるようになった。
初めての国家資格だ。自分の力を社会が認めてくれたような気がして感慨深く、一層自信がわいてきた。そして一年程度でエンジンオーバーホールを任せてもらえるようになった。
トラックに慣れてくると、次はもっと大きな車の整備に関わりたいと思うようになってきた。一九六〇年代の日本は戦後の高度成長期で、建設ラッシュ。建築工事の現場で使われている建機に興味が出てきた。そこで移ったのがブルドーザーやクレーンなど建設機械の整備工場がある川崎重機という会社だった。
そして同時に考え始めたのが二級自動車整備士の資格取得だった。二級自動車整備の試験を受けるためには、三級自動車シャシ整備士と三級自動車エンジン整備士の国家試験に合格してから、二年間の実務経験が必要である。そしてそれからまた半年間の夜間講習を受ける。そこで単位を取り、学校内の試験場で行われる国家試験に合格すれば、二級整備士として認められる。
二級自動車整備士になると、自動車整備工場の開業が法律的に認められる。独立して自分の工場を持つ。自分の会社を始める。そんなことは二十一歳の私には夢のような話だったが、いつかきっと実現してみたいと考えていた。
その後会社から大型クレーン運転免許資格試験を受けるように勧められ、七日間の講習を受け国家試験に臨み、合格した。