はじめに

私は神奈川県相模原市で、荷物積み降ろし用の昇降装置「リフトゲート」を製造する会社を経営している。

会社を創業し、日本で初めてカーリフトの専業メーカーとしてスタートしてから、半世紀が過ぎた。

その間に、トラックだけでなく、福祉車や路線バスなど、さまざまな業界にカーリフトを提供し、多くの人の役に立てたことをとてもうれしく思っている。

あれは二十歳の頃だった。府中の商店街を歩いていたら、占い師が座っているのが目に入った。

特に占いを信じる方ではなかったが、その時はなぜかみてもらおうと思い、名前や生年月日を伝えた。筮竹を何十本も筒に入れガチャガチャと振った後、占い師は言った。

「あなたは三十歳を過ぎたら、事業を起こして成功します」

聞いた時は、そんなことはあるわけないだろうと信じられなかったが、実際三十二歳で独立して今の会社を始めている。

「桜梅桃李」という中国の古い言葉がある。

ある賢人はこの言葉を用いて、桜は桜、梅は梅のように自分の個性を大事にした生き方を説いていらっしゃる。

コツコツとものづくりを続けることが私の個性だ。目の前の仕事にいつも一生懸命向き合ってきた結果、ここまで来ることができた。

酒屋の丁稚奉公から始まり、工事現場での土木作業、自動車整備、中東への長期出張など、私が歩んできた道は決して平坦ではなく、真っすぐの一本道でもなかった。

それでもデコボコの曲がりくねった道を通ってきたからこそ見えた景色があり、得たものがある。

多くの人に支えられながらものづくりに打ち込んできた人生を、もう一度振り返ってみようと思う。