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14 隠者たち
エゴン・シーレの絵が東京に来ている。「ウィーン・モダンクリムト、シーレ世紀末への道」の展覧会である。
シーレに出会ったときの衝撃ったらなかった。グロテスクな色遣いで、「生きる」核を容赦なくぶつけてくる。
定まれず、暴れだし、やがて捩(よじ)れ出す激情の渦。濁流の渦に吸い込まれたい情動に駆り立てられる。クリムトの描いた構図と似ているものがある。
しかし、訴えてくるものは真逆だ。私は絵には詳しくない。
クリムトが優美さを表現しているのに対して、シーレは、「これでもか」と、装飾という装飾を削り落とす。
全部引っぺがした歪(いびつ)で大きなむき出した本性は無性に美しい。容赦なく殴打されている気分になる。
シーレは15歳のとき、梅毒で父を亡くしている。そのあと叔父に育てられ、16歳で工芸学校に入学後、教員の推薦を受けて名門であるウィーン美術アカデミーへ転入した。
しかし、アカデミーの形式主義は彼に合わなかった。反発と嫌気の真っただ中、彼は、ゴッホの自由で生き生きとした作風に出会う。
創作意欲に駆られたシーレは、制約された世界から解放され、自由な創作を繰り広げた。
師事したクリムトは、シーレの才能を認めてかわいがっていたとされている。
第一次世界大戦で徴兵され、捕虜収容所の看守を務めたシーレには逮捕歴がある。住んでいるところでも住民に嫌われ、いられなくなり逃れている。社会性はほぼない。
まもなく、ウィーンではスペイン風邪が流行し、罹患した妊娠中の妻が死去、その3日後に、妻と同じ病で28歳の生涯を閉じた。