「どうしたの。住所は?」
「……ありません」
警察官は少し沈黙した。
「お兄さん、こんなところで寝てると、危ないよ。明日、福祉に相談してみたら」
「はい」
「身分証は」
身分証を見せた。警察官はそれをスマートフォンで撮影してから、返した。
「気をつけて」
それだけ言って、立ち去った。渉はまた目を閉じた。
眠れなかった。
夜が明ける前、犬の散歩をしているおじいさんが、渉の前を通り過ぎようとして、立ち止まった。
「兄ちゃん、ここで寝てるの。寒くないか」
渉は何も言えなかった。
おじいさんはポケットから、小さなホッカイロを取り出して、渉の隣のベンチに置いた。
「使いな」
それだけ言って、犬を引いて去っていった。渉はホッカイロを手に取った。袋を開けると、じんわりと温かさが手のひらに伝わった。
(誰かが、俺を、見てくれている)
それだけで、その夜は、生きていられた。
次回更新は9月22日(火)、22時の予定です。
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