浪人、日本にはかっこいい失業者の名前がある。武士がいた頃の浪人とは、召し抱えられる主君がいない失業した武士である。だが日本においては、武士は教養があったし、当時の階級社会では名字帯刀が許され、上位に位置づけられていた。農民や町人からも尊敬されていたのであった。

大学浪人の場合、悪く言えば親のすねかじりである。

大学予備校に入れば、専門学校生のように学生に見られていた。

ところが、岳志は予備校には行かなかった。母親からいつも「金がない、金がない」と耳にタコができるくらい言って聞かされていたからである。

よく考えてみれば、自分から勉強するくらいならどこかの大学に入っていただろう。学校という場があれば、岳志だって勉強する自信はある。問題は家に帰ってからなのだ。家では学校の勉強は、ほとんどしたことがないのだ。それなのに自宅浪人を選ぶのは最低の選択であった。何とか自分を変えなければ、結果は見えている。

しかし、やっていることは、山に登ったり、大学や専門学校へ行った友だちなどと会って暇をつぶしたり、家ではテレビを見たり、小説を読んでいたりするだけであった。こんなことじゃどこの大学も合格するわけはない。漫然と惰性で過ごしてしまったのであった。

今日は、父が有給休暇で家にいるので、大学受験のことで、相談しようと思っていたところだった。

岳志が一階の居間に下りていくと、父は掃き出し窓の脇で新聞紙を広げ、足の爪を切っているところだった。父は笑顔でいれば親しみやすい顔つきをしているが、怒ると鬼のようにいかめしい顔になる。父は外では愛想がよくダンディーでよく見られているが、家ではズボラで自分勝手な性格であった。

岳志は父がご機嫌がいいときを狙って話さないと、こちらの意見など無視されて、らちが明かないと思っていた。

そこで座敷に入ると岳志はいきなり訊いた。

「大学は、何のために行くのかな」

父は突然の質問に爪を切るのをやめて、少し考えてから岳志の方を向いた。

「何だ、今頃起きてきたのか。それはだな。大学に入れば大学の風が吹くんだ。大学卒業の資格を取ればいい。勉強はそれほどやらなくてもいいけれど、卒業をすることが大切だ。大卒という資格がものをいうんだ」

とだけぶっきらぼうに言って、また爪切りに集中した。

 

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