一 大学の風って何だ

梅雨のじめじめしたうっとうしい朝だった。

よくベランダに来るスズメやシジュウカラも今朝は、ちっとも姿を見せない。

ベランダから東に少し離れた北側の電柱のてっぺんには、我ここにありとばかりに、カラスが胸を張って口を大きく開けて居座っている。時々思い出したように頭を上下に動かしてカアーカアーと得意そうに鳴いている。それでなくても不快なのに、カラスの甲高い声では気分も晴れない。せめてかわいらしい小鳥がさえずってくれれば、心も休まるのに。

よく見ればカラスのいる電柱の下のアスファルトには、カラスの白い糞が斑点のように星を作っていた。電柱同士の交差点は三方から電線が集中し、鳥が集まりやすいと思った。そしてカラスは、その頂点にいるのだ。

南は日差しが強く電柱の配電部品が劣化しやすい。だから南には電柱はないのだろう。従って、他方位に電柱は立っている。

これは鳥にとっても強い日差しが避けられて居心地がよく、都合のよい場所なのである。北からは南面の庭が手に取るように見える。庭の樹木になる花や果実に集まる昆虫などを見つけるのに好都合であった。カラスのテリトリーの一つとしては人家のある所が最高の場所である。

「ああ、カラスになりたい」

側で見ていると、なんと堂々と自分を主張していることか、羨ましさから、思わず声に出してしまった。

岳志は、木造りのベランダに座って、しばらく膝を抱えていると、賑やかな声が聞こえてきた。

(ああ、小学生の登校時間だ。どうして子どもは静かに黙って歩けないのだろう。なんて幸せな奴らだろうか。俺は暇だよ。噓、俺は浪人だ)

山川岳志は、大学受験に失敗して自宅にいる。

人生の地図なんてないし、ただ大学に行けば、志のある友だちから何か進路に関する刺激を貰えるかもしれない、と客観的に物事を考えていた。

何の目的があるわけでもない。山好きだから、将来のことをまだのんきに考えているが、実は孤独のどん底にいるのである。そもそも何を職業にするか、まだ決まってはいない。山を人生に例えるわりに、やっぱり山は遊びの延長である。

山はいろいろな顔を見せてくれる。場所や季節によって様々な花が挨拶をしてくれる。行き交う人はお互いに見知らぬ人であっても大概の人は快く挨拶を交わし合う。時には笑顔で、元気な声で。声を出さないまでも、温かい会釈を交わすこともある。尾根筋や頂上からは下界では望めない大展望が眺められる。

岳志はそれが人生であってほしいと思っているに過ぎない。