帰路とぼとぼと歩きながら、駅前のロータリーを横切った。交番前でオートバイを下りてヘルメットを取った若いお巡りさんを見て足が止まった。
どこかでも見た顔だ。思い出した。ほのかと同じマンションの小学生の女の子ママと噂になった人だ。
でもこの人、先々週の夜、違う駅前のコンビニで見たような。一緒に飲むつもりなのか、ビールやおつまみをどこかの主婦らしき年上っぽい人と、耳打ちしながら買い物していなかったかしら。
うちのマンションでは他にも、長身でイケメンの夫を持つママが、息子の野球クラブのお父さんコーチと噂になっていたっけ。
狭い町だと思う。みんなどこかで見られている。私が週に2回ほど、駅のカフェで顔を寄せ合っていたのもきっと誰かに見られていたんだ。
でも、それが何だと思う。あの50代のおばさんもこの私も、平凡な小学生ママもイケメン妻も、そうきっと智樹も、もしかしたら、ほのかの父だっていい年なのに浮気をしている。みんな誰かと出会ってしまう。それが何だろう。素敵以外の何だろう。好きな人が消えた今、私はどうしたらいい。
道の真ん中で立ち止まったほのかを勤め帰りや買い物帰りらしき人が、迷惑そうに避けて行く。夕暮れの道の真ん中で何かひとこと叫びたくなって身構える。
その言葉が「寂しい」なのか「バカヤロウ」なのか、声に出すまで自分でもわからない。
でもその叫びが誰かの耳に届いてそのまま耳にこびりつけばいい。それともそんな私の声は秋めいてきた風に吹かれて跡形もなく掠れて消えていくのだろうか。
1か月後、ほのかのマンションから15分ほどの耳鼻科に出入りするあの50代の女性を見た。後ろ姿だから定かではないが、ひどく落ち込んでいるようにも見える。
もしかしたらまた、あの黄金の耳の調子が悪いのかのもしれない。きっと明日から私はカフェであの人を探すのだろう。いや、35を迎えた私のこの右耳は、彼には魅力がなかったんだっけ。
その時だ。母から電話が入った。
「早く帰って来て。はるきくんが耳を押さえて泣いているの。中耳炎かもしれない!」
家に走りながら、バチが当たったと思った。最近までのほのかはすっかり子育てを母任せだった。
「はるき。ごめんね」
つぶやきながら家へと走る。でも頭のどこかで、耳鼻科に行けばあの女の状態がわかるかもと考える。そして彼女の耳が治るまで、前よりも長く時間が掛かればいいのにと思いながら走った。
「ただいまあ」
玄関から家の中に声をかけ、何気に耳たぶに指をやった。人の身体の部位の中で温度が低いはずの耳たぶが、発熱でもしたかのようにほてっていた。
2週間後、ほのかはひとりで病院の入り口に立っていた。そこは初めての病院だった。耳鼻科でも皮膚科でもなく、美容外科。
向かい合った時、ベテランらしい医者はいった。
「初めてですよ、その整形は……」
ほのかは、右の耳を手で覆いながら微笑んだ。
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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