それを聞いたミサトの顔は青ざめ、引きつった。
次の瞬間、左顔面に強い衝撃を感じた。視界が揺れた。
ミサトが駅のエスカレーター上で、顔面を思いきり殴りつけてきたのだ。握り拳だった。
2歳の凛太を抱いたまま、凛太の目の前、公衆の目前で俺を不意に殴りつけたのだ。
凛太は、驚いた様子で目を丸くしていた。周囲には人もいたが、どんな反応だったかは覚えていない。
ミサトの表情は、青白く引きつったままで硬直していた。急に核心をつかれて、思わずやってしまったという感情と、怒りと、焦りが混じった表情だ。
殴られた衝撃のただ中で見たミサトの顔は、得体の知れない“何か”、だった。
俺は初めて、ミサトの本当の顔を見たような気がした。
「お前、誰だ」
ついて出た言葉だった。
ミサトは、その言葉でさらに血相を変え、凛太を抱えたまま、逃げるようにエスカレーターを降りた。普段からは想像もつかない脚の速さだった。
そして逃げ込むように、駅前の大きな派出所へ入っていった。
俺も、なんとか後を追って派出所の入り口まで行った。
ミサトが中でヒステリックに何かを言っているようだ。
「助けて、夫から逃げている」
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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