セキは改暦の年、明治6年(1873)8月22日(新暦)の生まれです。
夫の末松は改暦前の慶応元年(1865)9月9日(旧暦)です。2人とも旧暦世代です。
多喜二が「両親は新暦を知らなかった」と書いているごとく、何事も旧暦に変換して日常を送っていたはずです。
図5に除籍謄本から多喜二が記載されているページを示します。多喜二に関する記載は次のごとくです。
写真を拡大 図5 戸籍に並ぶチマ・太郎・多喜二
明治参拾六年拾弐月五日出生届出同日受附戸籍吏代理〈空白〉
昭和八年弐月弐拾日午后七時四拾五分東京市京橋区築地壱丁目弐拾四番地ニ於テ死亡
同居者小林三吾届出仝月弐拾参日杉並区長魚井重太郎受附仝月弐拾六日送付〈空白〉
甥/弟末松二男/多喜二/明治参拾六年拾弐月壱日生
ここからが謎解きです。
多喜二の戸籍上の誕生日である明治36年12月1日(新暦)は旧暦に変換すると何年何月何日に相当するでしょうか?
インターネットに変換を行ってくれるサイトがあります。
これによると新暦の明治36年12月1日は、旧暦で明治36年10月13日になりました。
これまで定説となっていた誕生日(明治36年10月13日)は、戸籍上の誕生日を旧暦に変換したものでした。
ここで、もし明治36年10月13日が新暦だったと仮定したら、旧暦では何年何月何日に相当するでしょうか? これは単なる計算上のものであり、何も意味がありません。
しかしながら、物は試しです。旧暦に変換してみると明治36年8月23日になりました。
このように明治36年12月1日を2回も(!)新暦から旧暦に変換すると、まず10月13日になり、次に8月23日になりました。
2回も変換するのは間違いなのですが、得られた結果は多喜二やセキの記憶と一致します。