1週間後。すっかり忘れていた。あのレシートのメモ書きを。

午後に近くまで来たからと母がまたマンションを訪れた。今日も智樹の帰りは午前様近くなると知って、おかずたっぷりの折詰弁当を夕食に頼まれ家を出た。で、うっかりちょうど19時、駅ビル内のカフェの前を通ってしまった。

オープンな席の一番手前に座っていた仕事のできそうな、さぞ偏差値が高かったであろう端正な顔のあの男に声をかけられた。うわと思ったのに立ち止まってしまった。

「何、飲みますか? ぼく買ってきますよ。」

「いえ、下のフロアーで買い物が」

断ったつもりなのにカウンターの端っこの可愛いお姉さんと目が合ってしまい、にっこりと笑いかけられた。

思わず、よく頼むものを早口で答えてしまった。

やがて、ほんのり照明を落としたカフェの固い椅子に不審男と向き合って座っていた。

生クリームたっぷりのスイカのドリンクを飲みながら嬉々としている。近くで向き合うとほんとに役者でもしているかのような美しい顔立ちと白めの肌。綺麗だ。

いやこやつは変質者だ。身体にぐっと力を入れる。

「やあ、良かった。お会いできて」

「そのつもりで来たわけではありません」

「そのつもりというと?」

押し黙る。するとヤツはキャメル色のアタッシュケースから上質な名刺入れを出した。

『徳田潤三会計事務所 速水 浩二』

「私はここで公認会計士として勤務しております」

「はあ」

しっかりとした職を持っている。智樹より収入はさぞ多いだろう。そんなことを考えてしまって胸の中で智樹に手を合わせる。

ヤツはそんなほのかの心情を気にも留めずいう。

「耳を貸してくださいというのは他でもありません。貴女の耳を」

そうだ、その話だ。薄気味が悪い。

顔を背け目を伏せると、つま先までよく磨かれた濃い茶色の革靴が目に入る。先っちょに複雑な模様が施されているが、うるさくはなく品がいい。智樹が会社に履いて行っている靴のいったい何倍することだろう。

「人を見極めるには足もと、靴を見ましょう」というけれど本当だろうか。

ゆっくりと顔を上げると、驚いたことにすごく近くに彼の顔があった。私の横顔、左側を食い入るように見つめている。

やっぱり変態だ。飲み干す前に帰ろうとバッグを身体にぐいと引き寄せると、彼が悲しそうな眼をしている。

「ああ、少し違う。でも少し似ている」

誰かの身代わりのような嫌な感じを醸し出してくる。死んだ恋人に似ているとか、あるいはこっぴどく振られた忘れられない彼女とか? そんなこたぁ知るものか。

私は智樹の妻ではるきの母。さあ帰ろう。本来あるべき場所へ。

次回更新は9月17日(木)、20時の予定です。

 

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